カテゴリ:セピア色/若い時代( 173 )
学校評議員会へ出席(2)
18/07/11と同じタイトルです。
本年度2回目の開催です。中庭の木々も紅葉。▼
b0036638_21104924.jpg
今回は、授業参観が最初にありました。教室の後にクラス分は入る傘立て。アイデア商品です。▼
b0036638_21104813.jpg
情報室です。正面に大きなスクリーンがあり同じ画面が生徒席の横のモニターにも表示されます。このときはexcelの試験中で残り時間が表示されていました。▼
b0036638_21104992.jpg
ここまで来ると情報準備室に入りたくなります。何度かblogで触れている私が残した油絵です。高校3年のときに描き連盟賞を受賞した門司駅(右)とポーアイを作るために崩した山の土を運ぶ須磨沖の設備でこれは赴任してまだ若かった頃の絵です。(左)この部屋で機器利用の研究に多くの時間を費やしました。▼
b0036638_21104929.jpg
正面玄関に設置されている歴代部活のトロフィーです。
左上の盾は顧問をしていた数学研究部が全国高校生パソコンコンテストでグランプリに入賞したときのもの。この話題もblog登場何度目か。^^;

数研に所属していた卒業生が数学教師として母校に勤務し、今日も案内をしてくれました。▼
b0036638_21104915.jpg

by okadatoshi | 2018-11-28 21:14 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(0)
56年前の夏・・・
吉野山の参道にある旅館街を歩いているとき、そこには56年前にバイトしていた見覚えのある建物が残っていました。
旅館の看板はあるものの屋根など建物全体の手入れをされている様子もなく、営業はしていないようでした。▼
b0036638_22515462.jpg
小学校5年生から日記をつけ始めています。
時折開くとそこには忘れていた過去、思い出したくない自意識過剰の尖った若者の吐露が散見します。
ほぼほぼ毎日のように断片的で稚拙な文を残しています。
下宿先を離れている期間は数行にまとめており、吉野山のバイト期間では、次の記述がありました。

1962年7月19日~8月4日
吉野山で殺人的なバイトをやる。Nと彼女。宿の主人夫婦。バイトの高中生。手伝いの中年のサービス小母さん。板前。

これだけの記述しかありませんが、省略された行間からはパンドラの箱から紡ぎ糸のように思い出が放出されます。
学生時代は新聞会に属し2回生の夏には数人で旅館のスタッフをやりました。仕事内容は夏の林間学校で宿泊する児童生徒の布団引きと配膳片付けです。Nは自治会執行部なので自治会の連中も他の旅館で働いていました。
旅館は若夫婦が経営をしていて、当時の私から見てもよく喧嘩しながら斬新な経営に見えました。大学生とともに地元の高校生もバイトに参加していました。彼らがまたやんちゃでした。”手伝いのサービス小母さん”とあるのは、分担して掃除をするときに私に掃除のサボれる場所を教えてくれる変な人のこと。
忙しいときに旅館を渡り歩く調理人の人がウナギのさばき方を実演してくれたことなども思い出しました。待遇が悪いと自治会のメンバーが団体交渉をやってあえなく挫折したことも後で聞きました。
blogにアップするのはためらわれる小さな出来事のあれこれも思い出します。

その前後の日記を見ると
6月27日 教育原理の時間を借りて全国一斉学力テストについてクラス討論
7月2日 第5回クラス討論会・憲法問題
7月10日 信州大のSの下宿に泊まる
7月12日 全学新(全国大学新聞会の集会か?)
7月14日~17日 第19回全学連大会
7月18日 京都のKの下宿に泊まる
8月5日~8月31日帰省

まだ全学連も分裂しておらず、自治会のアジ演説によっては角材やヘルメットなどもないデモへ参加してからバイトに行くなどと言う姿は一般学生にも当たり前でした。
「60年アンポ」の挫折感の中「大学管理法案」反対闘争が起き、米ソ核実験が行われる中で、政治は今より学生に身近な問題でした。

当時は9月下旬に前期の考査があり夏休みボケの試験勉強はつらい時間でした。
将来に対する漠然とした不安があっても、日常生活すべてを自由に決めて行動出来る時代は今の立場と年齢から見ると眩しく感じます。

by okadatoshi | 2018-11-26 22:54 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(0)
プロテストソングが歌われた時代
録音した深夜便を歩きながら聞いていると思わず聞き返し、ファイルとして残したくなる曲があります。
最近では、今年の4月16日に放送された高田渡の、メッセージ性の強い作品集がそうでした。

HDの昇天で消えた音声ファイルから任意に曲を切り出す編集ソフトを
を参考に新たにインストールしました。
mp3のファイルを結合するUniteMovieもあわせて、12/05/14のblogからダウンロードしてインストールしました。
HDがクラッシュしましたが便利なソフト類を自分のblogで紹介していたのが役立っています。

60年代後半から70年にかけて全共闘運動とその影響を受け全国の高校にも学園闘争が広がりました。反戦フォークやプロテストフォークも支持されます。
私も着任当初でまだ若く生徒会係をやらされて制服撤廃運動や高校生の政治デモ、卒業式粉砕などへの対応の矢面に立っていました。
その後、フォークの流れも政治性が抜け叙情的な調べへと変わり、吉田拓郎、井上陽水、赤い鳥、森山良子などが登場します。

今回の作品集には、当時実質的な放送禁止楽曲となった自衛隊に入ろうはさすがにNHKの選曲には入っていませんでしたがネットでは聞けます。▼



現職時代に残した資料の中にスクラップ記事(クリック)があります。
あの時代の生徒との関わりと、その後の高校の変化について、いつかまとめたいと思っています。健康余命の中で片付けるべき優先順位が変動します。

今回の曲も含め深夜便の切り出した音声を視覚障害の方が聞きやすいように、今日は終日作業をしていました。
この作品集も追加しました。^^;

by okadatoshi | 2018-11-21 21:03 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(0)
同窓会に出席できる方は幸せ(5)
2017/11/18と同じタイトルです。
昨年評判が良かったので、今年も同じ場所で開催。

総会と懇親会終了後、集合写真をとり・・・▼
b0036638_22293152.jpg
オプションの大川クルージングに参加し・・・▼
b0036638_22293100.jpg
その後、同期の女性たちと御堂筋を歩き・・・▼
b0036638_22293103.jpg
途中えびす橋を横目に・・・▼
b0036638_22293137.jpg
なんばパークスを散策し・・・▼
b0036638_22293132.jpg
先ほど帰宅。

今日の歩数は19,000歩。お休みなさい。


by okadatoshi | 2018-11-17 22:31 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(0)
小1のクラス会で帰省中
友人が鳥取砂丘がよく見える場所に案内してくれました。くじら島はすぐわかります。旅先でスケッチに描いたもので色が変わっており、帰宅後スキャンして差し替え。▼
b0036638_21215230.jpg
砂の美術館は、圧巻。孫に何の曲?とLineで聞くと「帰れソレントへかな」との返事。▼
b0036638_21463798.jpg
70年前に担任をしていただいた恩師。次は3年後に100歳のお祝いで集まることに。(^^)/▼
b0036638_21463800.jpg
今日に歩数は、11,000歩。

by okadatoshi | 2018-11-10 21:49 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(2)
学生時代のサークルのオフ会
学生時代は新聞会に所属していました。
先輩には朝日、毎日、読売で記者として勤務していた方が多く、文章づくりやパソコンアレルギーは少なく、メーリングにも参加されています。

私が入会したときのコンパ(死語か)です。殆どが学生服で就職が決まった4回生が背広を着用しています。▼
b0036638_09091145.jpg
当時の会員30人ほどが名簿を作って毎年懇親会をやり、今回は長浜開催です。
世代的には私の2年下からの会員名簿が切れて、平均年齢は80歳近くいつまで経ってもこのグループでは私は若輩者で”坊や”扱いです。HP作成とメーリングの管理が私の担当。

これから出かけますが、今夜はとてもblogアップをする時間もなさそうなので、20年余前に長浜を訪れた際の、スケッチを探し出しアップします。

舟板塀。名前の通り舟板を使った蔵です。▼
b0036638_09091110.jpg
お茶屋の暖簾でしょうか。当時の方がタッチに勢いがあります。▼
b0036638_09091135.jpg
現地で同じ場所を探してみます。

【追記】
駅の観光案内で舟板塀の場所はわかりました。
広い通り一帯で使われています。▼
b0036638_20115323.jpg
暖簾は黒壁ガラス館前の分福茶屋でした。
色が変わってましたがデザインは一緒でした。▼
b0036638_20115287.jpg
歩数は、12,000歩。

by okadatoshi | 2018-10-28 11:00 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(0)
キャンパスと学食>学生時代へ戻れれば
日中歩いても暑くないので、学園都市にある神戸市立外国語大学の図書館や本屋経由の散策路を今日は選びました。

キャンパスは緑が多く図書館も静寂で落ち着いた雰囲気です。▼
b0036638_20494564.jpg
昼食は学食で。メニューも豊富でご飯の分量も4通りあります。選んだのは、秋刀魚塩焼き172円・ライスSS 72円・キムチ豆腐 86円・味噌汁 32円=税込み合計 362円。507キロカロリーです。▼
b0036638_20494589.jpg
□■・・・58年前の私・・・■□

当時のメモを見ると、朝は抜き、昼はパン(32円)と牛乳(15円)、夕食は下宿の近くの医学部食堂が安く大盛りの飯18円と副食で57円などとあります。
街の定食屋で50円。珈琲は30円。授業料は年間9,000円。コンパ(今ならオフ会)の代金を400円にするか500円にするかで激論していました。
校舎は元陸軍の建物で城内に点在していました。木造の油引きの床で学生会館の1階が食堂、2階がクラブハウス。

私は新聞会に入り、デモに出かけたり取材をしたり。当時はゲバ棒(死語)やヘルメットもなく自治会のスローガンに賛同すればデモに出てそのあとバイトにいくなど一般学生には日常の一部でした。
ゴミ屋敷のような机の上で原稿を書き丼鉢が灰皿になっている写真が残っています。▼
b0036638_20494453.jpg
それぞれに与えられた時間軸の中で生きてきたわけで、今の学生生活と比較することはあまり意味はありませんが、キャンパスの中にいるともう一度学生生活を、いずれの時代でもいいので送ってみたくなります。孫を通じて疑似体験をしようとしているのかもしれません。

散策路で見かけた花々を色鉛筆だけで今回は描いてみました。
表現方法が慣れないと難しい。▼
b0036638_20494597.jpg
今日の歩数は、9000歩。

by okadatoshi | 2018-09-27 20:52 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(0)
同窓会で、帰省中。整備が進む鳥取城周辺
b0036638_21041066.jpg
60人余が全国から、集まりました。あっという間に時間が飛び去りました。三年前開催から、今日まで鬼籍に入った友人は、九人。
今回は喜寿の祝いの同窓会。幹事が事前に祈祷をし全員に記念写真と共に宇倍神社の長寿のお守りを配布。

私の座った席の左の友人は前立腺癌でホルモン注射で退院したばかり。右は肺がんで手術し現在8年目。なおタバコを吸っていると言う猛者。会場にいた医者の友人に寄れば肺がんになる前には禁煙は有効だが、なってしまったら無理に止めてもそのストレスの方も悪いのではと変化球を投げてました。

「喜寿で全体の同窓会は今回で終わり」と言っていた世話楽は、解散時には「次は傘寿」と言ってましたが、何人集まるのか。(^^;)

【追記】
同窓会に先だち墓掃除とその近くのお堀端を散策。12日は「とっとり県民の日」で仁風閣が入館無料。▼
b0036638_21390600.jpg
螺旋階段。ささらげたで支えられ支柱ががありません。(クリックで動画表示)▼
b0036638_21390623.jpg
鳥取城擬宝珠橋普請工事現場に併行して建てられた足場から麹の様子を見ることが出来ました。今月の30日には渡り初めが行われます。(クリックで動画表示)▼
b0036638_21390795.jpg
今日の歩数は、7,000歩。

by okadatoshi | 2018-09-12 21:03 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(0)
高校時代に聴いたポピュラー音楽
台風接近を予感させる空と生暖かい風が感じられる朝の散策です。▼
b0036638_16350938.jpg
健康公園ではラジオ体操(動画クリック)をしています。

今日のBGMは、ラジオ深夜便の、「ポピュラー・ヒット年代史・1960年の作品から」。高校時代は歌謡曲よりはポピュラー音楽をよくラジオで聴いていました。白黒TVが普及し始めたころですが、我が家にはその余裕もなくもっぱらラジオでした。
b0036638_16350948.jpg
曲を聴くと当時の心情が思い出されます。
帰宅後、音楽の部分を切り出しファイルに保存しました。50分間に次の曲を収めています。
白銀は招くよ(トニーライザー)、恋の片道切符(ニールセダカ)、恋の汽車ぽっぽ、ベイビーフェイス、アイム・ソーリー(ブレンダリー)、ローハイド(フランキーレイン)、遥かなるアラモ(ブラザーズフォーア)、ある恋の物語(トリオロスパンテェス)、レモンの心、月影のナポリ(ミーナ)、死ぬほど愛して、太陽がいっぱい、ラスト・ダンスは私に(ドリフターズ)、マイフォームタウン(ポールアンカ)、イツナウオアネバー(プレスリー)
クラスの博識のT君が、アランドロンの演技について映画論を展開していたのを思い出しました。”洋楽”は都会の空気を吹き込んでくれたように思います。

1960年(昭和35年)は私が高校3年で、60年安保の影響も地方都市の高校生へも影響を与え、漠然とした将来への不安と進路に悩んでいました。
当時の男女を平均した高校進学率は60%弱、大学進学率は10%余です。▼
b0036638_16350932.jpg
家の経済事情で中卒や高卒で就職することは普通に進路選択の一つでした。
ただ、当時は大学に行かなくても就職先から評価されれば留学制度もあり業績を上げれば役職に就けました。

現在は高卒で将来を託せる受け入れ企業は公務員を除けば少なく、学習意欲とは関係なく進学をせざるを得ない状況にあります。高額の奨学金という名の教育ローンに縛られ進学しなくても、安定した企業があれば救われる若者がいるだろうにと思います。

今日の歩数は9,000歩。

by okadatoshi | 2018-08-23 16:41 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(0)
東京>同窓会&オフ会
17/07/01と同じタイトルです。二日間の食事をリストアップ。(^^;)

高校時代の親しかったK君宅が田園調布にあり7/6にまず直行。
開通当時の田園調布駅が街のシンボルとして復元保存をされています。▼
b0036638_22121678.jpg
”ガラスの像の向こう”で触れた友人の中でもK君は論客でした。
お昼は田園調布の老舗兵隊屋の仕出し弁当を頂く。▼
b0036638_22122491.jpg
夕方はパソコン時代からのつきあいの方で日本酒に造詣が深い方々とのオフ会を神田泉屋乃座で。▼
b0036638_22122492.jpg
7/7は昼から高校時代の東京同窓会へ今年も参加。
参加者の中10人は高校時代の同期です。▼
b0036638_22122455.jpg
出発前から西日本の豪雨が気になりまた年齢の性もあり、帰宅後blogをまとめるのも手間取りました。が、行けてよかったと思います。
同窓会や旧友と会える人は、時間・頭・経済的な余裕・健康・気力がまだ保たれているわけで、幸せな立場にいるのでしょう。

今日の歩数は、8,000歩。

by okadatoshi | 2018-07-08 22:15 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(2)