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2015年 01月 18日 ( 1 )
「KOBEハートだより」編集委員の同窓会
今年は阪神淡路大震災から20年目ですが、10年前に神戸市では、「震災10年 神戸からの発信」という事業を組み、その中で、“KOBEハートだより”を企画。市民から編集スタッフのボランティアを求めました。

内容は次のようなものです。
◇発行期間:平成16年11月~17年11月(隔月発行、全7回)
◇紙  面 :タブロイド版8面(8面のみ地域版3版切り替え)
◇発行部数:60万部(市内各家庭配布、区役所等据置)

発行の第一面は「震災10年 神戸からの発信」の記録で見ることができます。

これに応じた方がに市役所からの出向職員職員3名を加え総勢27人。
読売新聞と神戸新聞の編集スタッフをリタイアされた方がリードされ、取材と夕方からの編集会議が1年間続きました。近隣の大学生も4人、主婦、リタイアした方など年齢構成もバランスがとれ得難い体験ができました。
そして、当時の編集長から呼びかけがあり、本日19人の参加のオフ会を開きました。▼
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ほとんどの方は10年ぶりで名前がすぐに言える方と風貌が変わっている方もいましたが、話し始めれば思い出すのに時間はかかりません。
若い方の10年の体験を聞くのが私には新鮮でした。
記念写真を撮った後、喫茶店へ移動。▼
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今日の写真の送付方法の雑談からメーリングを提案され、先ほどメーリングを組みました。早速何人かの方の書き込みがあります。
解散の時に“スタッフ交友録”という冊子を作ったのですが、その中で私は次の一文を書きました。

神戸の住民から市民へ
第二ステージ、せっせとウォーキングに励みながら何気なく妙法寺駅で手に取った一枚の「市民手作り新聞スタッフ募集」のちらし。
Kさんのやさしい説明の後出席した、なんとなく不安な第一回目の会議。すでに、創刊号当時から関わっているらしい人々の会話とHさん・Mさんのてきぱきとした所作に気後れし、居場所を探すのに戸惑ったスタートでした。
今回集まった方々は震災・新聞・写真・編集というキーワードに引かれたごくごく普通の人々です。特に利害関係があるわけでも何かを目指した団体でもありません。
したがって、勤務や家庭の状況によっては、継続的に参加ができなかったり、体調によって不参加の日も許容される、出入りの頻繁な、まとまりにくいメンバーでもありました。
その集団を束ねていった縦糸がHさんと事務局の方々でした。
当初は、市がタッチしている行事の広報という枠組みが感じられました。そのため、必ずしも紙面構成を編集スタッフ側で自由にできないという局面もありました。継続的に7回の新聞を出すという事務局の背景を考えるとある程度止む終えないことであったと思います。
この1年間の体験は、“住民”から“市民”へと意識が変わっていく過程でもありました。「手作り新聞のレポーター」という「印籠」を得て各種イベントの参加し、震災に関わった人たちの生き方を知ることができました。
ボランティアとしての手弁当の参加でしたが、スタッフの皆さんを知りえたことは貴重な体験です。
やがて、あの13階の事務局も解散し、事務局の方々も次の部署に移っていかれます。編集スタッフにスポットが当たる傍で、混沌とした集団をまとめ成果をあげられたこの一年間、ほんとうにご苦労様でした。
成熟した市民のネットワーク化に向けて触媒のような場面があれば、どこかで再びお会いしたいと思います。

当blogで扱った「神戸ハートだより」に関する記事一覧

明日は阪神淡路大震災の15年目(2010/01/16)
「神戸ハートだより」7号、2面に山東大学での体験(2005/11/30)
ハートだより4号発行(2005/05/30)
市民手作り新聞「KOBEハートだより」2号(2005/01/27)
by okadatoshi | 2015-01-18 21:51 | 人びと | Trackback | Comments(2)