高校時代に聴いたポピュラー音楽
台風接近を予感させる空と生暖かい風が感じられる朝の散策です。▼
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健康公園ではラジオ体操(動画クリック)をしています。

今日のBGMは、ラジオ深夜便の、「ポピュラー・ヒット年代史・1960年の作品から」。高校時代は歌謡曲よりはポピュラー音楽をよくラジオで聴いていました。白黒TVが普及し始めたころですが、我が家にはその余裕もなくもっぱらラジオでした。
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曲を聴くと当時の心情が思い出されます。
帰宅後、音楽の部分を切り出しファイルに保存しました。50分間に次の曲を収めています。
白銀は招くよ(トニーライザー)、恋の片道切符(ニールセダカ)、恋の汽車ぽっぽ、ベイビーフェイス、アイム・ソーリー(ブレンダリー)、ローハイド(フランキーレイン)、遥かなるアラモ(ブラザーズフォーア)、ある恋の物語(トリオロスパンテェス)、レモンの心、月影のナポリ(ミーナ)、死ぬほど愛して、太陽がいっぱい、ラスト・ダンスは私に(ドリフターズ)、マイフォームタウン(ポールアンカ)、イツナウオアネバー(プレスリー)
クラスの博識のT君が、アランドロンの演技について映画論を展開していたのを思い出しました。”洋楽”は都会の空気を吹き込んでくれたように思います。

1960年(昭和35年)は私が高校3年で、60年安保の影響も地方都市の高校生へも影響を与え、漠然とした将来への不安と進路に悩んでいました。
当時の男女を平均した高校進学率は60%弱、大学進学率は10%余です。▼
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家の経済事情で中卒や高卒で就職することは普通に進路選択の一つでした。
ただ、当時は大学に行かなくても就職先から評価されれば留学制度もあり業績を上げれば役職に就けました。

現在は高卒で将来を託せる受け入れ企業は公務員を除けば少なく、学習意欲とは関係なく進学をせざるを得ない状況にあります。高額の奨学金という名の教育ローンに縛られ進学しなくても、安定した企業があれば救われる若者がいるだろうにと思います。

今日の歩数は9,000歩。

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by okadatoshi | 2018-08-23 16:41 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(0)
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