それぞれの年代の青春
NHKのBSで、新日本風土記「京都 青春物語」の再放送を今朝は視聴しました。

大正2年に建設された現存する最古の吉田寮で今を過ごす学生達を主軸に、学徒動員、全共闘運動、京都の今を生きる年代の学生達を取り上げた青春グラフィティです。▼

のインタビューが印象深い。

デモに参加した理論派の学生は4年になると足を洗って就職する中、コマとしてデモの先頭にいて就職転向することなく当時を引きずり、Coffee House拾得を経営している人。またそこに癒やしの場を求める人々の心情はとても理解できます。

中央公論臨時増刊号・学生問題特集号(昭和43年11月増刊号)の目次。▼
b0036638_16112090.jpg
グラビアから。▼
b0036638_16112017.jpg
私の高校3年の時に60年安保の騒然とし社会の動きを地方都市でも感じていました。
やがて70年安保を前に全共闘運動が起こり職場だった高校もその影響を受け、デモに出かける生徒や学校封鎖の情報が流れる中での対応も体験しました。スチューデントパワーが起こり学内にはタテカンが乱立、大衆団交による大学紛争の影響を社会全体が受けていました。

そして今は、学生は半数以上が教育ローンに縛られ、日本人おのおのが860万円とも言われる国の借金を背負わされ、少子化の中で高齢者の社会保障が若者に背負わされています。
空虚な言葉が飛び交う国会運営の中で、学生から抗議のデモが起きてもいいような与野党を含めた政治家の劣化が見られます。しかし、学内は石けん工場のように清潔で平穏です。ジグザグデモ、ダンコウ等は死語です。

奇しくも京都市景観条例の下に京大のタテカン撤去は、大人社会の勝手な論理の総仕上げの様にも見えます。

70年代の日大闘争などでは旧態依然とした学問の府への問いかけも営利優先と保守化した大学が自ら変ることは出来なかったのではと、日大アメフト部の関学への謝罪文を見ても感じます。

若い世代が活躍し、それをフォローする側に廻るべきで、旧世代は思い出ばかりに埋没してはアカンダロウとも思います。
一方では我々が気づかないだけで、情報の共有や伝播も早い現在の若い世代では柔軟な発想と実行力は育っているのではという期待もあります。

今日の歩数は、5,000歩余と少なめでした。

[PR]
by okadatoshi | 2018-05-18 16:15 | メディア | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://okadatoshi.exblog.jp/tb/28319250
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 土曜日の健康公園は家族連れ 高取山プチ登山 >>