最近は団地に近い量販店にもっぱら食料品の買い出しに行きます。
まだ4月ですが、“
母の日”へ向けてカーネーションの鉢植えや、お母さんの似顔絵コンテストの宣伝が目につきます。▼
商品の拡販と季節のイベントがリンクしており、本来の成り立ちなど深く考えなくなっていますね。
ググると、日本に“母の日”伝わったのが大正4年(1915年)。青山学院の教授だったアレクサンダー女史によって紹介され、教会が中心になって広まったとあります。
青山学院の教授が紹介したかというと、青山学院、関西学院、東洋英和女学院などは、メソジスト教会が作った学校だからのようです。
ちなみに東洋英和女学院は、現在朝の連続ドラマで取り上げられている“花子とアン”で舞台となっている修和女学校のモデルとなっている学校です。
アメリカと同じく、5月の第2日曜日が母の日に決められたのは、戦後になってからのことです。
私が小学校頃、母の日に学校からカーネーションの造花が配られ、母親が亡くなっている子供は白だった記憶があります。
ネットでも同様の記述があり、戦後の小学校では珍しいことではないようです。占領軍の教育政策の一環だったのでしょうか。
現在では“母の日”そのものに公教育で触れることはありません。
以前は“父の日”に父親参観日を行っていました。
シングルマザーへの配慮やジェンダーの考え方の社会への浸透と共に、学校現場では父とか母の日には触れられなくなりました。
その意味が分かって、配慮をしているのであればいいのですが、“言葉狩り対策”としてのチェックだけにならないように願います。
学生に「昔使っていた父兄会を保護会と言い換えるのはなぜか」ときいても明確な答えがなかなか返ってきません。
しかし、世間一般には「母親への感謝」の気持ちを表すために購買意欲を刺激する商品の品ぞろえが乱立していますね。児童・生徒はそのあたりの耐性はありますが、学校側が極端にナーバスになっている気もします。