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戦慄の記録 インパール
昨晩は、NHKスペシャル戦慄の記録 インパールを視聴しながら、録画もしました。731部隊の真実に引き続きNHKスペシャルでは終戦特集の番組を組んでます。

戦力と兵站を無視し精神論の兵士を犠牲にした記録です。戦死者の6割は作戦中止後の犠牲者で、飢えの中で悲惨な退却をさせられました。
司令官、牟田口廉也は、A級戦犯として逮捕されるも昭和23年に釈放されています。77才で亡くなっていますが、一貫してこの作戦は正しかったと主張し、負けたのは部下の責任と述べています。▼
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師団長と牟田口司令官とのやりとりを記録し続けた斎藤博圀少尉の記録も圧巻です。「将校下士官は死んでゐない」という記述があります。番組では現在96才の斎藤氏の言葉で締めくくられています。▼
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再放送は、 総合 2017年8月26日(土)午前0時50分~2時03分(25日深夜)にあります。

このインパール作戦については、1993/06/13放送に責任なき戦場 ~ビルマ・インパール~として放送され、戦争証言アーカイブ(クリック)で見ることができます。▼
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1年ぶりに、日本の戦歴を見返していました。▼
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by okadatoshi | 2017-08-16 19:33 | メディア | Trackback | Comments(0)
731部隊の真実
終戦記念日を前後するこの時期、終戦特集が組まれます。

昨晩は、NHKスペシャル「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」を視聴しました。書斎兼納戸の自室のパソコン画面でしたが、途中でパソコン作業を中止して番組を見入っていました。▼
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731部隊については、日本陸軍の極秘研究としてドキュメントなどでは知られていましたが、今回ロシア側で保管されていたハバロフスクでの裁判の兵士の肉声記録をNHKが入手・編集した内容です。
戦争体験がある世代が毎年舞台から消えつつあります。その方々の聞き重要と言われていますが、戦争に荷担したあるいは荷担させられた人々の言葉は殆ど表には出てきません。
「あの時代の空気の中で逆らうことはできなかった、聖戦と信じていた」-とする意見をよく聞きます。

戦前の大政翼賛会に端を発し、一億総動員体制の中で、作家・画家・芸能人も戦地に赴き兵隊を励まし鬼畜米英を唱え聖戦として鼓舞しました。
被爆者が重い口を開きつらい体験を語っていますが、その流れの中で結果的には身の安全を図るために国策に従わざるを得なかった人たちの存在と今が掘り下げられることはありません。
力も情報も持たない一般国民であったとしても、では「今の日本が再び戦禍を起こさないためにあなたはどう考えているのか?」はできるはずです。そのことを考えることが、終戦記念の過ごし方のひとつのように思えます。
キチンとした戦争の総括がなされないまま、米国との同盟を基軸に経済を優先させ72年間が過ぎました。

731部隊で得たデータをアメリカ軍に渡すことで関わった医師達は優先的に内地へ移送され、戦争責任を問われることはありませんでした。
その医師達の名前の中に、「戸田正三医師は金沢大学の初代学長となった」と報じてました。
この方は学長を4期務め、私が入学した時の学長でその年の9月に石橋雅義学長と変わり11月に病没されています。入学の式辞で何を述べられたのかは記憶にありません。
ググって見ても、公衆衛生の権威で開襟シャツの考案者とあるものの、マルタと呼称した匪賊(=中国人抗日者)を人体実験として研究をした経歴には触れられていません。当時の事をどう考えていたかも分りません。

再放送は、2017年8月17日(木) 午前1時00分(50分) にあります。

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by okadatoshi | 2017-08-14 16:30 | メディア | Trackback | Comments(0)
71年目の戦没者追悼式
今日の夕刊です。昨年は戦後70年目の節目で様々な関連行事やTVの特番も組まれたその反動に加えて、リオオリンピック報道に押されて地味な扱いでした。▼
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捨てることができなくて書棚に残された
毎日グラフ別冊・日本の戦歴(1965.08.01発行)&続日本の戦歴(196511.26発行)をめくってみました。
これは広島の原爆投下で熱線を浴びた方の影です。▼
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過去のblog
2年後には戦後70年(2013/8/14)
知覧の特攻隊を見送った“なでしこ隊”(2008/9/21)
にもいくつか転載をしていますが軍の検閲で不許可になった生々しい写真が残されています。

私が生まれた月の大阪毎日新聞の昭和17年4月号の圧縮版も若い頃に古書店で見つけ購入。そのページもめくってみました。
”米英の植民地から解放”されたバタビア、スラバヤ、マニラの住民が大日本万歳と喜び『比島娘が日本踊』を踊っていると報じています。▼
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報道機関が真実を伝える機能を失った時には、時の政府の暴走を止めることもできないどころか、その政権の協力者となって国民を戦争に追いやっていくさまがよくわかります。
今日は、”ラジオ深夜便”の中で、2014/04/06から新連載の〔特集・昭和史を味わう〕を膨大なファイルから切り取る作業をしました。ノンフィクション作家・評論家 保阪正康氏の解説で録音資料をもとに当時の暮らしが如実に語られています。視覚障害の方へ提供する準備をしています。▼
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by okadatoshi | 2016-08-15 22:13 | メディア | Trackback | Comments(0)
2年後には戦後70年
8月15日は、ポツダム宣言受諾による日本が敗戦国となって日です。
アメリカの占領軍を進駐軍と言い換えたように、敗戦ではなく終戦という言葉を使っていますが、日本の歴史の中で国が敗れた日で、敗戦にいたった原因と責任を考える日でもあります。
“終戦という表現”は静的で暦をめくるような時間の経緯と、日本人の歴史観に見る諦観を感じます。

今朝の社会面の毎日新聞のトップ記事です。
日本軍の作戦や捕虜の扱いについては写真や資料が多くあるなか、場所や史実との合う具体的な資料としては、中国側の「銭家草惨案」の記録と一致する第一級の資料-と笠原一九司(都留文科大名誉教授)のコメントにあります。▼
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南京虐殺、日本軍の慰安婦への関与を巡っては、その真偽や事実判断で多くの報道があります。
最近の論調は、これらの問題が中国・韓国の外交カード化する中で、事実に基づく論議を装いながら“ためにする”フィルターがついた論議になっているように思います。
徐々に戦争に関わった世代の体験や言葉が聴かれなくなる時の流れがあります。
敗戦から何を学び次世代へどのような国の仕組みを渡しておくのか、それぞれの立場の“一生懸命”がぶつかり合っているように思います。
敗戦を終戦、占領軍を進駐軍と教えられ、学校では現代史の部分は抜け落ち、自国の政治のありようを教師や親から話されることもなかった世代が、もう大部分を占める人口構成になっています。

今回の記事を見て、久々に本棚の“毎日グラフ”別冊 日本の戦歴(8/1 1965)、臨時増刊 続日本の戦歴(11/25 1965)を開いてみました。
これらは、戦後20年の節目として1965年に出版されたものです。▼
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巻頭から抜粋します。
ここに掲載されたものは毎日新聞特派員の撮影による二万四千三十八枚のネガから選んだものだが、そのほとんどが当時検閲局から報道「不許可」となったものである。毎日新聞社が後世に伝えんとして、空襲からの焼失、また進駐軍当局の追及の手から守らんために転々とその場所をかえ、最後には毎日新聞の大阪本社の地下倉庫におさめられたもので、梱包のナワはなえ、その形はくずれ色あせたものになっていた。
殺すか殺されるか、船上という以上に場に立たされた兵士の姿。あなたご自身。あなたの夫、あなたの父、兄弟が無名の戦士として立たされた姿がここにある。(中略)
この『日本の戦歴』には英雄は登場しない。ここに戦争の悲劇がある。戦争はくり返してはならない。これが『日本の戦歴』を世におくる趣旨である。


あと、2年すると戦後70年となります。この写真集が出てからさらに50年経過します。
70年の節目に、あの戦争をどのように伝える出版物が出るでしょうか。
史実の報道ではなく、マスコミが自己規制した時の政権が醸し出した“雰囲気”に沿った報道がされるようになってはいないでしょうか。
そうなれば、“戦後70年”ではなく、“戦争 直前”となっています。

写真は陸戦隊竹下部隊に捕虜となった中国正規兵 戦争の残虐さをあまりにムキだしたゆえに 不許可となった写真だった(1937年=昭和12年8月23日)▼
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出撃を前に“けつ別の写真”彼らは輸送機に分乗し沖縄本島に強行着陸 きりこんでいった 一人も帰らなかった 昭和15年3月▼
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知覧特攻隊 出撃前夜 あす死ぬとわかっている若者が安らかな寝息をたてていた 中には眠れぬまま目だけを必死に閉じている者もいたかもしれぬ しかし板張りの三角兵舎の中は静かに「あす」のくるのを待っていた 時計だけがコチコチと動いていた▼
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南昌飛行場への強行着陸(藤田 画) 戦後はフランスに住み着いた藤田嗣冶画伯も、従軍のため徴用された。▼
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終戦日に平和を考える企画がこの時期にあります。

2013年8月15日(木)午後7時30分~8時43分に、シリーズ日本新生 戦後68年「いま、"ニッポンの平和"を考える」が放映されます。
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by okadatoshi | 2013-08-14 12:35 | メディア | Trackback | Comments(2)
知覧の特攻隊を見送った“なでしこ隊”
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 昨晩のTVで、『なでしこ隊 ~少女達だけが見た“特攻隊”封印された23日間~』を見ました。(画像をクリックすると横1024picの大きな画像を表示)
 知覧の特攻隊をお世話した“なでしこ隊”の生存者の日記を下に作られたドキュメントタッチのドラマが放送されました。途中からつれあいが呼びに来てそのまま見終わりました。
この手のドラマにでは戦争体験のない若い役者の演技や、当時の服装を模してもどこか小奇麗で髪型にも違和感を感じます。しかし、今回のものは途中で日記を書いた本人や、散華した特攻隊員の婚約者がそのまま結婚をしないで待ち続けて生存しインタビューに答える場面が挿入され、描かれている史実の肉付けがなされていました。
残された人たちのその後を知るきっかけとなった「毎日グラフ」がTVに映されましたが、そのグラビアが私の書棚にありTVが終了した後で見直しました。
 毎日グラフ 別冊 日本の戦歴   1965.08.01発行
 毎日グラフ 別冊 続日本の戦歴 196511.26発行
毎日新聞社が掲載不許可になった戦時中の報道写真を進駐した占領軍からの没収を避け保管したしたもので、あの「大東亜戦争」とは何であったかを問い直す優れた報道グラビアであることがわかります。
 このようなドラマは今の若い人にこそ見て欲しいものですが、子供は別室でほかのTVにチャンネルを合わせていました。「今や戦後ではない。戦前だ」ということにならないように、もっと若い世代が高齢化していく戦争を身近に体験している方から話を聞く必要を感じます。
日本は300万人の犠牲を払い近隣諸国にも侵略したあの戦争の意味を正しく伝えてこなかったのではないかと思います。従軍慰安婦問題や朝鮮半島併合の問題も正当化する意見も出始めています。
 今回のTVと毎日新聞の「日本の戦争」の再読で、放課後には熱っぽく喫茶店で教育論を熱く語らい読書会などをしていた就職した当時の教員生活を思い出しました。今の若い教師の話す関心のあるテーマは何でしょうか。ドラマ作成の発端になった画像です。▼
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by okadatoshi | 2008-09-21 21:21 | メディア | Trackback | Comments(0)