<   2015年 03月 ( 31 )   > この月の画像一覧
淡路島ドライブ
昨晩から孫君わが家へ。ここからしばらく、部活と塾通い。
今日はいずれもない特異日なので天気もいいし淡路島へドライブ。
孫君撮影の明石大橋。▼
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まず、”ひょうご五国ブッフェランチ”へ。ここで食事をすれば、ホテル内の駐車料金が終日無料になります。
ここの昼のランチバイキングは人気です。孫君は、大人料金で¥2,800。
ジジ&ババはシルバー料金で¥2,500。私のチョイスしたもの。▼
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ホテルに隣接した“百段苑”。私が「本当に100あるかな?」というと、掲示板を見て「36個の四角形×3から重複した8個(赤の部分)を引けば100」とすぐに解答。
こういう図形的な処理能力は今の小中学生は優れていると思います。▼
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丘から見晴らす明石海峡は絵になります。▼
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園内には、“不思議の国のアリス”に登場するような小さな家があり自由に入れます。▼
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この後、淡路島公園へ。春休みになり親子連れが多くいました。
フワフワのトランポリンもどきの遊具。▼
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水遊び。▼
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昔は喜んで遊んでいた孫君ですが、中学生のプライドがあるのか遊具には関心をしめしません。
ジジは広場で玉拾い。▼
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ETCを使えば、淡路島まで片道¥900の割引料金なので、神戸にお住いの家族連れにはお勧めです。
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by okadatoshi | 2015-03-31 21:34 | 孫の時間 | Trackback | Comments(4)
須磨アルプス、プチ散策
快晴+二人ともオフ=プチ散策 のいつものパターンで買い出しの前に近場の山歩き。
横尾の”のじぎくの丘”から横尾→須磨アルプス→東山のルートを歩きました。
山椿が最盛期。▼
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なぜか途中にハンモック。しばし夫婦でユラユラ。▼
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自然木を加工した指。さらに腕時計が描かれていました。春になり蛇(?)も。▼
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須磨アルプス。馬の背は、かなりスリリング。▼



つつじも咲き始め、突然の春真っ盛りに。▼
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このあと、下山して奥須磨公園へ。桜は3分咲き。▼
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今日の歩数は1万歩。
須磨の国民宿舎で塾の”中2強化合宿”なるものに参加をしていた孫君を引き取りに。▼
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明日だけ休みで、4月から塾と部活のダブルヘッダー。
私が中学のころは、こんなに忙しかったとは思えません。
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by okadatoshi | 2015-03-30 21:11 | 散策/登山 | Trackback | Comments(2)
団地のお仕事(11)>総会資料の製本
3/16と同じタイトルです。
午後から総会資料と総会案内・出欠状を800部近く作り作業を新旧役員で行いました。事前に各ページの刷り損じのチェックをして枚数確認をしていたので、スムーズに作業を終えました。▼
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そのあと食堂と小会議室で旧役員のご苦労さん会。会費1200円。▼
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話は高齢化に伴う役員選出の方法と親密なコミュニティの維持についてです。
決まった以上は皆さん役職を果たし、達成感と無事にバトンタッチができたいい雰囲気の会でした。
防犯カメラも期限内に取り付けが完了。団地内に入る入口には、1秒間に20コマの記録ができ車のプレートナンバーの識別できるものを設置したので防犯の抑止力にはなります。皆さん私のポジションが大変だったのではと慰労の声掛けをして頂きました。

4月には総会がありますが、昨年同様その日は出張でいないので、今日で私の関わる仕事はすべて終了です。このタイトルも今日で終わり。
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by okadatoshi | 2015-03-29 22:08 | 日々の暮らし | Trackback | Comments(2)
3月末は年度の終わり
夕方の団地の新旧役員の引き継ぎ会へ向けて、最後のパソコン作業。
膨大の1年間の文章をファイル別に分けてusbメモリに入れました。

その間、貸農園の畝を耕しに。菜の花が咲いています。▼
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つれあいがジャガイモを植えるというので少し運動。▼
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ブロッコリーの脇芽が半端でなく収穫できました。▼
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隣接する寺の境内の桜も満を持した蕾。▼
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本棚を占拠していた団地の資料ファイルを持って集会所の引き継ぎ会へ。
鍵も渡し肩の荷が下りました。▼
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by okadatoshi | 2015-03-28 21:39 | 日々の暮らし | Trackback | Comments(2)
播磨アルプス桶居山(2)
2008/12/02と同じタイトルです。
2011/10/03にも挑戦したのですが途中で引き返し、今回リベンジしました。
247.6mの低山ですが、加嶋神社の登り口から片道2時間半のアップダウンがあるかなり厳しい山歩きです。

まず大人のアスレチック、鹿島神社から百間岩。▼
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登り切ったところから見た大鳥居です。
材質を問わない鳥居の高さではこのチタン製のものは26mで全国5位です。▼
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行こうか弁当を食べて引き返そうかと思いながら桶居山を目指しました。途中、ボランティアでゴミを集めながら往復をしている方に出会い行程を聞き励まされながら山頂へ。オケイサンと我々は発音していたのですがオケスケヤマと地元の方は呼んでいます。▼
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ピストンで鷹ノ巣山(264m)まで戻りそこから馬の背を下って駐車場まで。▼
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今回見つけた春の花です。▼
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馬の背を降りたところで、”茶色い壁が!” 見ると岩盤の上に根を張った樹木が強風か何かのはずみに倒れているのでした。▼
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気になった膝の痛みも出ずに下山し、心地よい疲れです。
今日の歩数は18,000歩。
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by okadatoshi | 2015-03-27 23:06 | 散策/登山 | Trackback | Comments(4)
最初の着任校
3月になり終業式が終わると内示が始まります。
二日目に訪問した学校でも私と会ったあとに、新卒の着任者を呼んでいるということでした。
北の出講先で教科法を担当し卒業した方も今年は県内の高校の採用試験へ合格し、着任先を連絡してきました。
最近では、4月1日に着任校で辞令交付がありその足で研修所で宿泊研修があります。
私の着任の場合を日記を見ながら思い出してみました。

2月28日に下宿を引き払いチッキと鉄道便で布団袋と段ボール箱7個に詰めた本を1,700円で送付と記しています。
尼崎市立の5校のうちのいずれになるのかはまだわからず、3月19日になって市教委から葉書が来ました。
3月29日に着任校の校長と会いました。
当時で創立75年の旧制女学校を母体にした伝統校で校舎は戦前からの建物でした。
市の歴史を執筆していたN先生にカットを頼まれ残していた校舎のスケッチです。
学校が北部へ移転後、この校舎は中学校と一部が小学校に分割され、現在は、尼崎市立文化財収蔵庫となっています。
とても古く時代を感じさせる建物で、【映画】ALWAYS三丁目の夕日に出てくる”凡天堂病院”のロケ現場になったことでも知られています。
屋上には焼夷弾の弾痕の跡も残っていました。
次のスケッチの正門の八角形の窓が事務室と応接室になっています。▼
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正面を入ると、目立つところに前年度の進学先と合格者の名前が張り出されていました。
なぜか、旧帝大系の大学名から順に張り出してあります。職員室前の黒板には家庭謹慎などの生徒処分の掲示もあったと記憶してますが定かではありません。
その後の全国的な高校全共闘の影響を受け、当時は珍しかった”女子生徒のリボン禁止”の解除どころか制服の自由化まで進みます。

大きく変わる節目の年に、6人という大量の新任教諭の一人として私は着任をしました。
当時の教員の勤務は、生徒が登校しない日は基本的に研修日でした。4月1日に辞令交付を受けた後、再び帰省しています。
4月6日に尼崎の下宿先に入り、4月7日に初出勤。
図書係の経理担当と絵画部の顧問。学年は1学年の補助担当と知らされました。
4月8日にやっと私の座る机が決まり、教科書が渡されます。
そして4月9日から授業。この日は教科書には触れず話だけで終わると日記には記しています。
渡り廊下を通って急増対策で小学校の校庭に建てられている校舎が1年の校舎でした。▼
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ここでA~J組と10クラス。ベビーブームで大勢の生徒がいました。
スキーで骨折して入院中の先生に変わり副担任でありながら担任業務をしましたが、入院が長引き生徒も慣れてしまったので、そのまま正担任になりました。
今でも最初に担任したクラスの生徒の名前を出席番号順に言えます。

当時は、まだ生徒も教師もゆとりがあり、学校帰りに青年部の教師で喫茶店で読書会をしたり、先輩の教師に連れられて一杯飲んで帰ることもありました。
生徒の名前も憶え親しくなると、しょっちゅう生徒が下宿先へ遊びに来ます。
この辺りの日々はいちどまとめたいと思っています。
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by okadatoshi | 2015-03-26 18:33 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(2)
政局の行方
b0036638_2054431.jpg先週に引き続き懇談会があり、昨日参加しました。
講師は角谷浩一氏(政治ジャーナリスト 中央政策研究所主任研究員)。
週刊誌畑の経歴が感じられる対比させた話し方をされ飽きさせない語り口でした。
今回もメモをもとにした私自身の主観に基づくまとめです。

★略歴
昭和36年(1961年)神奈川県生まれ。1985年日本大学法学部卒業後、「東京タイムズ」入社。1986年小学館「週刊ポスト」政治担当記者。1988年、同社韓国特派員。1990年、テレビ朝日で夕方ニュース担当ディレクター。1995年、中央政策研究所主任研究員を経て、1997年秋より政治ジャーナリストとして本格的に活動。キムヒョンヒへの単独インタビューなどスクープ多数。FM横浜など番組多数。各政党幹部と太いパイプがある。

●戦後70年の節目の年

昨年秋の政治と金の問題を強行突破し暮れの選挙で自民は安定政権になった。なお、政治と金の問題が出ているが民主の岡田党首の問題も出てきて“打ち方ヤメ”の状態。
民主は下村文科大臣をターゲットにしているが、攻め方が下手だ。
週刊誌の情報をもとに質問をしていて下村大臣は余裕綽々に見える。
大島予算委員長の非常にバランスのとれた委員会運営で衆院は通り、参院では止っている。予算が上がらないの自民の責任だが与党は開き直っている。

50年には村山談話、60年には小泉談話が出て、今年は70年談話の年だ。
「技術と援助で世界に貢献している日本」を述べるだろうが安倍さんの目標は憲法改正。与党が安定多数にある今しかできないと考えている。
多くの世論調査がされるが国民にとって、何が即していないのか、なぜ憲法を今改正しないといけないのかが国民には分からない。
公明は加憲論を言っている。条文で分かりにくいところを追加するという考えで、これは、護憲論者でもいえる。人によって改憲といっても力点が多様になっている。
船田(自民党憲法改正推進本部長)さんは、9条は安易に出せない。出すなら2回目の改憲のときにと慎重論を持っておりそれに対し安倍総理は「最初から9条で行け」とはっぱを掛けている。船田さんは現状では国民の賛同は得られないとといい物別れ状態になっている。
しかし、来年の秋の参院選挙後に安倍さんは改正への発議を考えている。
70年談話に向けての有識者会議が開かれそこでは“侵略”があったかなかったか、その言葉を入れるのかどうかで激しく論議がされている。
このことは、”前回の談話を踏襲しない”ということを示している。

一昨日自民の谷垣幹事長は中国に行き向こうのナンバー4が出てきている。その会談で出された懸念に対して谷垣さんは「中国側は心配をしないでいい」と言っているようだ。
3/18に自公で安保法制について正式合意を発表しているが中身はあいまいなままのまとめ方をしている。
急いだ理由は、4/26の日米首脳会議へ向けて安倍さんは、“お土産”を持っていきたいのだろう。
クリントン氏やミッシェル大統領夫人が来日しているが、これは偶然二人の来日が重なったのではない。安倍さんの考え方を探りに来たと見るべきだ。
同じ時期に外務省の谷内さんがホワイトでライス補佐官とあっている。
日米でどのような共同声明を出すのかアメリカ側からのチェックが入っている。
この中の共同声明の中身が70年談話へとつながる。アメリカとの共同声明をアジア諸国がどのように受け止めるのかが問題だ。
3/22ドイツのメルケル首相が来日した。ドイツは、今でもホロコーストの反省をし、周辺国に「私たちは危険な国ではない」と伝える努力をしている。過去にドイツとフランスは敵対した。今ではドイツがリーダーシップをとっている。「確かにドイツは過去にひどいことをした。それよりもひどいのはロシアだ」という受け止め方がヨーロッパではなされている。

●鳩山さんの行動

ロシアがクリミアを併合したさなかに鳩山さんはクリミアへ行き、「パスポートが取り上げられたらクリミアへ永住する」などと言っている。
鳩山さんは政界のプリンスだった。学者を辞めて自民から“さきがけ”へと渡った。彼は総理となって友愛外交をやりたかったのだが表舞台に立つことなく辞めた。
日ロ外交は鳩山家のライフワーク。今回はロシアでの国際会議に招待をされそのまま足を伸ばした。総理を辞めてから「東アジア共同体研究所」を作り、日露関係や沖縄問題に関心持ち続けている。首相のときに「日本の外交問題がうまく行かないのはアメリカがあるからだ」ということを言ったがこのような発言をしたのはおそらく首相としては鳩山さんが初めてだ。
鳩山さんは「クリミアの現状を西側の情報だけではなく自分で見たかった」と言った。
しかし、鳩山さんは外交の経験もないまま総理になり、人脈も持たなかった。民主党が政権をとったとき若手が自衛隊に体験入隊をした。「自分で体験してみないと何も言えない」ということだった。
しかし、“やってみる”、“体感する”はジャーナリストの仕事だ。
政治家の仕事は透視することだ。体験学習をすることは、元総理の仕事ではない。そこが鳩山さんの間違いだ。

●保守の弱点、リベラルの弱点

“右と左”、“保守と革新”というように価値観による色分けがよくされる。
かつて、田原総一朗は田中首相が失脚したとき、「アメリカという虎のの尾を踏んだ田中角栄」と評した。
自民党の当時の久間防衛大臣は日本はアメリカの52番目の州になればという発言もある。アメリカ側の日本の見方は占領時代と同じ。
アメリカの顔色を見なければ何もできないということを、自民の保守派は忸怩たる思いで見ている。アメリカの意向を表に出せないで裏ではコントロールをされているという思いがある。

リベラルの弱点は何か。左翼は“平和憲法を守れ”と言っているが、この憲法は自衛隊と天皇制を認めている。現在の国民の意識としてはこれらは受け入れ認めているがリベラル派表だって、自衛隊や天皇制の批判はできない。
保守、リベラル共に弱点を抱えながらそれを克服できないままに現在に至っている。
戦後の日本を見ていると両者の間にある国民の考え方の方が優秀で”民間の価値観”が両者の弱点を乗り越えてきたように見える。

●サンフランシスコ平和条約に中韓は入っていない

3/8に全人代が開催され「9月の抗日勝利の式典に誰でも歓迎する。日本も反省の上にたてば参加を認める」と安倍さんをけん制している。
日本はサンフランシスコ講和条約で吉田首相が署名して独立をした。
この条約はアメリカが日本をどうしたいかというもので、中国の参加は拒絶。ソビエトはボイコットをした。韓国の参加希望は戦勝国でないからと参加を見なかった。
この時から冷戦構造に巻き込まれており、中・韓・ロシアの側から見れば、”日本の戦後処理について合意ができていない”という言い分がある。
ここが戦後処理でのドイツと日本の大きな違いがある。
ドイツと中国の関係は良好。中国では外国産の高級車はすべてドイツのアウディを使っている。中国はメンケル首相を通して日本へシグナルを送ったともとれる。

●皇室の発言

今年の新年の天皇陛下の年頭所感は「満州事変に始まる戦争の歴史に学ぶ」ことに触れられ、平和憲法に言及をされた。
また2/23の皇太子の55歳を迎えた感想のなかで「謙虚の過去を振り返り」と平和への思いを触れた。
皇室は政治的な発言ができないという制約の中、ギリギリのところで平和憲法をいじってはいけないという思いが込められた異例の皇室からの発言と捉えることができる。
3/11の東日本大震災の追悼の言葉では政府としては当然だろうが復興への歩みを強調。
一方天皇陛下は「困難な生活、原発事故で故郷を離れざるを得ない人へ心から寄りそう」ことを述べられた。何度も被災地に足を運ばれている。
政治にものを言うことが禁じられている立場からの安倍総理への懸念ともとれる。

●与野党ともに知識の風化

三原じゅん子議員が“八紘一宇”という言葉を絶賛し日本人が大切にしていくべき価値観として言及。「麻生副総理はどう思いますか?」と質問。
よく失言をする麻生さんだがこの時は「戦前のメインストーリーの一つ。若い人がこういう言葉を使うので驚いた」と述べ価値判断はしなかった。
戦中はこの言葉を軍部は理屈に使い“大東亜共栄圏”建設のスローガン”として多用した。
この記事は朝日と毎日はベタ扱い。他の新聞は報じなかった。
この軍部のスローガン賞賛に対し与野党からは野次もなかった。
戦後70年を考えるとき、自民も野党もボンヤリとして知識の風化が見られる。これが今日の日本の弱点に繋がっている。

●なぜ18歳から選挙権がいるのか

18歳に選挙年齢を引き下げる法案が提出されている。共産党は保留(反対ではない)が他は賛成のようだ。
私には解せない。18歳は大人だろうか。20歳でも子離れができてなくて怪しい。18~19歳の人口は240万人。
OECD加盟国で日本だけが18歳からではないことを根拠にするが、アメリカも韓国も兵役の義務がある。
国会に法案が出るのはそれなりの根拠や必要性があって出てくるのが当たり前。
18~19歳が「我々に選挙権をくれ」とデモをしただろうか。彼らが政治参加をしたいという意思表示があっただろうか。余りに党利党略だ。
今ある権利を行使しない大人たちを無視して240万人の年代にあまりに大きな負担を強いているのではないか。
もし、法案が通れば今高1の生徒は2年後に選挙をすることになる。
彼らは素直に学校教育の影響を受ける。
学校で保守系の教師あるいは、革新系の教師が話せばその影響をストレートに受ける。あるいはネットの影響も受ける。
このような法案が最重要事項になっているのはおかしい。
今の政治状況に呆れ果てて投票に行かない年齢層に対して、国民が選挙に行く努力を政治の側がすることこそが先ではないか。
どの党も自分の党の票が増えるというもくろみの党利党略が目立ち不愉快に感ずる。

●自己責任論は〇×思考

イスラム国のテロで二人の日本人が殺された。メディアの中には自己責任論が台頭している。
危険と分かっている地域に自分の意志で行くのだから殺されても仕方がない、自業自得という論だ。
この延長線上にあるのは、落ちこぼれは自己責任、格差社会を肯定し勝負の世界に単純化する方向が支配的になっている。
21~28歳のゆとり世代の考え方-
  もめそうなことには関わりたくない
  それ仕事ですか?
  なぜ頑張らないといけないのですか?

勝ち負け思考の代表的な人を二人あげる。
まずNHK会長の籾井会長の「お上とお上以外の意見」
もう一人は橋下さん。弁護士でロジックに拘り勝ち負けが決まらないと政治にならないと思っている。世の中には、win win だってある。
橋下さんと松下さんは上京すれば菅さんとよく合う。自民党は大阪府連が平松さんを担いだことでおかしいと思っている。
大阪都構想の統治を目指す発想は面白いと思う。官邸・公明も協力して今や逆転ホームランになりそうだが、本当に大事なことが結果の後にわかってくるような気がする。

●秋の総裁選は

古賀、野中さんは野田聖子を担ぐ。石破さんも1月には格好の悪い入閣をしたが実は意欲満々。山拓派は石原さんを担ぎたい。
この中で二階さんの存在がある。彼はかつての金丸信のような存在になり誰を担ぐか注目される。
ここで安倍さんのアキレス腱は“体調問題”だ。
1月のイスラム国への対応で悪くなったのではないか。
いつも水筒を身に着け飲んでいる。ホテルで20分部屋に入ったり官邸へ入る時間に遅れることがある。
ポスト安倍で改憲を引き継ぐ人が今のところ安倍さん以外にはいないのが安倍さんの悩み。だからこそ決着をつけたがっている。人材不足だ。
谷垣さんは安倍さんに何かあった時のスペアだ。谷垣さんになれば、日中韓の問題では穏健派へと戻るだろう。

●公明党は政権与党から離れたくない

永田町では公明党のことを“下駄の雪”と言っている。どんなに踏んづけてもついてくる。
現在の公明党はかつての平和の党との理念から離れすぎている。
公明党が政権離脱すればその後には維新の会がすぐに入れ替わる。それが分かっているから離れる勇気はないだろう。
公明党の悲願は官邸に官房副長官としてでも官邸内に入ることだ。10年間しがみついても入れないし、今後も自民党には公明を官邸へ入れる気はない。
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by okadatoshi | 2015-03-25 20:54 | 講演会記録 | Trackback | Comments(2)
以前の勤務校を表敬訪問
現職時代6校の学校を異動しました。
その中のH高校を今日は訪ねました。この学校は神戸の大震災の時に勤務していた学校です。
当時、Mさんが自宅が近いこともあり、交通手段がない時や遅くなった時には彼の車に便乗させてもらっていました。
H高校の卒業生で実習員として勤務、教員の資格をとりそのまま後輩の指導に当たりました。
気が合い在職中には教科を超えて話をよくしました。
そして母校で教頭も勤めて現在母校の校長になりこの3月末で退職です。
管理職として異動していた期間を除き人生の大半を母校に関わった方です。
以前、「退職するときには絵が欲しい」と言われていたので、電話で在校を確認。
朝からスケッチを描いて今日は届けました。▼
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あわせ、通勤に使っていたJR和田岬線の終着駅のホームもあわせプリントアウトして持参。▼
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by okadatoshi | 2015-03-24 17:17 | 絵ごころ | Trackback | Comments(0)
六甲ガーデンテラスから高山植物園へ
昨日の暖かさから一変、寒の戻り。晴れで二人とも時間が空き六甲山へ。
いつもの記念碑台に車を置き、ガーデンテラスへ。▼
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3/21~5/31は“ミツバチフェア”なる催しが始まったようですが、まだ寒く平日の人出はまばら。▼
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それよりも上空を舞うヘリに釘づけ。▼
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神戸市消防局警防部航空機動隊の雪上で山岳事故を想定したヘリの救助訓練の日でした。午前と午後に1時間ずつ。
工事で閉館中のカンツリーハウスの敷地内で離着陸をしていました。▼



この後、高山植物園まで戻りました。園内の温度計は6度と寒い。
福寿草とザゼンソウ。▼
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ヘレボルス・チベタヌスとドラバ・アイゾイデス。▼
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園内ではクイズラリーの紙が配られ、それを回ると高山直物の写真付きのクリアシートがもらえます。
きょうはあまり歩けずそれでも11,000歩。
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by okadatoshi | 2015-03-23 21:39 | 散策/登山 | Trackback | Comments(2)
今日もトレーニングジムと印刷
団地から総合運動公園へ上がる階段です。
私も少しだけ掘るのを手伝った防犯カメラが設置されています。
市の補助金で団地内に5か所取り付けました。
それぞれ外部との出入り口に設置しています。
かなり鮮明な画像が夜間でも記録できます。市の防犯カメラ設置基準のひな形があり、2週間は保存して随時消えて行きます。万一盗難にあっても記録したメディアにはパスワードがかけてあり、警察の要請がなければ中身を見ることはできません。▼
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今日は体重が58kgを切りました。ここ数年では最低の体重です。嬉しくなって、メガネ・時計・腕につけたロッカーの鍵を外して再度体重を量り57.8kgとさらに100g減らして写メをする小市民です。
体育館では“第27回バスケットボールカーニバル”を開催中。一度に3面のコートで試合ができます。
しばらく観戦。▼
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帰宅後、集会所に行って、総会資料の印刷。今日で3日目。なんとか予定の枚数を刷り上げ後は製本作業を前役員でするだけです。800部近い冊子なので大変。
それでもほぼ作業は終わり、後は引継用のファイルの整理が残っているだけです。
やっと第三コーナーを回りゴールが見えてきました。
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by okadatoshi | 2015-03-22 21:43 | 日々の暮らし | Trackback | Comments(0)