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IT断食
夏にスクーリングがあり、とりあえずファイルに機器利用をテーマに使えそうな資料を収集しています。

その中で“ラジオ深夜便”の先月17日の「明日への言葉」の“パソコン社会を見直そう”という遠藤 功氏(早稲田大学ビジネススクール教授)のインタビューの音声ファイルを切り出しました。同氏は、“IT断食のすすめ”の著者です。
次のようなWeb情報も見られます。
会議中IT断食」のすすめ パソコンもスマホもさようなら
電子機器を利用するのではなく、縛られているのではないかと思う風景が、周辺にはよく見られます。
電車や歩きながらのゲームやLINEで会話をし続ける風景はやはり異常です。▼
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書籍の活字ではなく、この言葉を普及させたご本人の肉声は、一次情報(笑)として伝わります。
時間は40分ほどですが、私なりのとらえ方で放送内容をまとめてみました。

●ITメタボをなくする

今やパソコンは車と同じでなくてはならないものになっている。しかい、昨今の生活を見るとパソコンに使われているように見える。
人としての思考回路が停止してしまうのではないか。それを防ぐためには、“IT断食”が必要ではないかと提案をしたい。
ITはあくまで道具なのに我々は情報技術の便利さに毒され中毒状態になっている。
ITから通信も加わりICT(Information and Communication Technology)といわれるようになってきた。
メリットはあるが負の部分も加わっている。
最近は電車の中で新聞を読む人は減りケータイかスマホを見ている。その多くはゲーム。
ゲーム自体が悪いわけではないが、実は多くの時間がITに奪われている。
企業でパソコンをうまく使っているのかというと実はそうでもない。
最近のオフィスはパソコンの前にシーンとしている。皆、検索と資料作りに忙殺されている。会話することなくパソコンの中に閉じていてコミュニケーションができない。
食べ物の例に例えると高カロリーなものを食べすぎてメタボになるのと似ている。
ITメタボになって中毒状態。昔に戻れというわけではなく、ITの使い方が悪いのだ。
2000年にインターネット登場。IT→ICTとなり、遠くの人と通信ができるようになったころから大きく変わってきた。

●デジタルはアナログの代替えにはならない

昔の計算機は情報処理の機械でOAといわれ、計算処理(1980)が中心だった。今まで時間のかかっていたことが、計算機で処理できるようになり、人間にとって革命的な機械だった。2000年にネットワークの登場で短時間でさらに高性能になった。
この10年余の性能アップに人間の側の使い方が追い付かなくなった。
その結果、身近な健全なアナログ時間が奪われてしまった。
本来、人間の存在自体がアナログである。デジタルがアナログを追いやっている・
どういうアナログは残すか、デジタルのいい面はどこかを考えなければならない。
デジタルはアナログの代替にはならない。
「ある業界を調べろ」というと学生は業界の検索をする。それで業界のことがわかると思っている。
私がいうのは業界を調べるために向こう生身の人に会い今起きていることや将来のことを調べるということだ。学生にとっては検索が調べることと思っている。
初期情報は確かに便利に手に入る。その上で、足で稼いで自分の目と耳で確認することがメインなのだ。ところが、主と従が入れ替わっている。
スピードが速いことは、情報の質がいいことではない。
実はネットを検索すると同じ結果にたどりつく。デジタルは便利であるが同質性があるのだ。もっと、リアリズムを大切にする。
間接的な二次情報が氾濫している。企業にとっては、直接経験をすることでリアリズムが仕事を担保することになる。お客の動向やニーズは検索では得られない。
ネットの情報と事実は異なる。間違いもあるし、過去には正しくて今は異なるものだってある。目の前にあることを自分で判断することが、質への影響を与える。
ネット上だけなら、きれいなプレゼンや見栄えの良いレポートは新入社員でも作れる。
しかし、見た目はきれいでも中身はうすっぺら。
外形だけ整えるつまり、化粧をすることに時間をとり仕事をした気になっているのだ。
企業にとってはお客様はそうでない、自分で動き汗をかくそのような経験をして人は育つし、お客さんも満足する。

ある大手企業では“IT中毒”の現状から“IT断食”をしている。
そこの社長は、“IT断食”を提案。内容は、1週間のうち3時間はパソコンを閉じる。その時間を回りと話す。他の部署に行く。お客のところにいく。そういう時間にしている。
パソコン世代20台は生まれたときからITの中で生きているから、アナログがなにかわからない。そこで、アナログ世代の体験者が若い人に教える。このような全社的な運動で中毒状態がひどくなる前に社として手を打とうしている。

IT企業の研修を担当したことがある。車内から選ばれた、20人に人は私が話す会議室で、一斉にパソコンに向かってキーボードを叩きだした。この段階で「この会社はダメ」と思った。私が事例を話すと、彼らは一斉にその会社の事を検索し始める。
気になることが後で調べればいいので、まず私の話をきくことが第一だ。
私は、パソコンを閉じるようにいったら相手は不満そうだった。
研修を片手間できくようなら研修にならない。議論することで、成長するのであって、
いつのまにかパソコンに使われてしまっている。

●トップがIT知識を持つ

機械は必ず壊れるし、時折ミスも起きる。そうならないように機械をメンテナンスするのは人間だ。どう機械を人間がチェックするのか、その関係が物作りにつながる。
人間とITの間ではまだ知恵が足りない。チャップリンのモダンタイムの世界になりかねない。 

自動車が普及するまでにかなりの時間が経っている。その間、徐々に自動車の使い方を人間は考え、人間社会と自動車の両立を図ってきた。
ITとはまだ折り合いがついてない。ITの持つマイナスに目を向けて知恵を出してない。
技術をどう使いこなすか、IT部門の統括を経営者自身が考えないといけない。
IT部門だけではやりにくい。より上のポジションで経営者ご自身がその認識をもつことが求められる。

“IT断食”の最初の取組は、アメリカの大手の半導体の会社だ。
彼ら自身がITの怖さを知っている。彼らがIT断食の必要を感じている。ユーザーは毒されるだけだ。
テクノロジーの進歩で、ケータイで電話もゲームも技術的にはなんでもできる時代だ。
しかし、もっと正しく使う技法に力を入れることだ。
住宅会社は植林をしている。同じように。ITの社会でももっとアナログを大切に啓蒙する場を作りバランスをとるべきだ。

●現場力こそカッコいい

私自身がパソコンと出会ったのは、8ビットパソコンを複数で使う時代だった。
一人1台使う環境とインターネットがブレークする環境になった。
企業に呼ばれて話すとき私が提言できることは、私自身が目や耳で得た経験である。

安易に情報を入手することは、面倒なことを避けることに通じる。
しかし、面倒なことをすることにこそ、人間の価値が問われる。
汗を流しながら面倒なことに挑戦すること、手抜きをしないで情報を撮ってくるアナログ的なことこそが実はカッコいいことなのだ。
ITを過度に使うと表面的には小綺麗でも価値は喪失している。
現場力が大切。現場力とはアナログである。
現場に行くことで、現場の人はアナログの大切さも知っているしアナログではできないことも教えてくれる。わざわざ行くことに意味がある。1万の情報よりも、一つのファクト(事実)が優る。
自分の得たファクトの基づき考える。手を抜けば、ほんとの事実にはかなわない。
ネット情報への依存は、インターネットのない時代にあった「受け売り」という言葉になる。ネットは基本的に二次情報。いくらあっても事実ではない。

人間が考えることが主。デジタルはあくまでアナログな人間を補完する道具だ。
自分とデジタルの距離感を的確にしれば、アナログ生活も豊かになる。
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by okadatoshi | 2013-07-31 13:13 | 情報/数学/授業 | Trackback | Comments(2)
昭和のくらし
トレーニングジムでのBGMはもっぱら録りためた“ラジオ深夜便”です。
普段なら聞き逃す方のインタビューなどで、興味のあるものは後でネットで調べることがよくあります。6/3の『明日への言葉』で、小泉和子(昭和のくらし博物館館長)の“昭和30年代の暮らしに学ぶ”もその一つです。

小泉さんが館長を務めている“昭和のくらし博物館”の建物は、お父さんが設計し、自身もここに住んでいた博物館です。過去に生活した空間で当時のことを再現する生きた展示がされています。▼
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番組の中で、「中国やヨーロッパに文化は人工のものを尊んだが日本は自然を大切に勤勉に働いた。言い換えると、貧乏文化を洗練させてきた。原発に反対というだけではなく、電気がなくてもやれる力を持つ→生活の自立が必要で、トイレットペーパーがなくてもやっていけることを覚悟する必要がある。昭和30年代は人の絆で成り立ち、外から入ってくるものがない。すべてを自らやらなくてはいけない。骨をおる自己犠牲で昭和30年代が支えられてきた。現在は、快適便利を追い求め嫌なことはしたくないという気持ちが浸透してしまった。そのようにして育った世代から見ると、30年代は地域社会があり“おせっかい”な社会に見える。」と述べていました。
博物館では改めて昭和の時代にあったものを見直し今の社会を考え直しています。
この博物館は扱っている年代をyoutubeで探してみました。

“記録映画「昭和の家事」予告編”。この博物館が扱っている時代の画像です。



Everyday life in bygone days in Tokyo, 1966 昭和東京



教育映画 六人姉妹 1959



今の学生は平成生まれです。
西暦と元号をどちらが頭に浮かぶかと聞けば、ほとんどが西暦で、“昭和”という時代は完全に歴史の彼方でです。
1968年(昭和43年)に明治百年記念式典が挙行されました。
やがて、昭和百年も記念されるのでしょうか。

昭和も戦前から戦後まで幅広い激動の時代ですが、LINEも「ぼっち食」もなかったころの生活をもっと今の若い人に話した方がいいと思うこの頃です。
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by okadatoshi | 2013-07-30 19:03 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(2)
3度目の図書券狙い
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7月末締め切りの第3回デジタルフォトコンテスト作品に公募しました。
2度目の応募作品では入選し図書券を頂きましたが、今回は応募数が一人3点となりました。3度目ですがあまり自信はありません。
今までの公募作品を見ると、カメラの性能の差が歴然とします。
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by okadatoshi | 2013-07-29 09:29 | 日々の暮らし | Trackback | Comments(4)
今日の拾い読み“週刊新潮8月1日号”(7/24発売)
午前中は、トレーニングジムでウォーキング。
最近両肩にコリを感じるので、上腕部のストレッチを意識してますが、今日はリラックスヨガの教室も受けました。

毎日利用できる定期券は、65歳以上は3000円のシニア割引で利用ができます。
神戸市では65歳になると“すこやかカード”が支給され、神戸市立の施設の多くが無料あるいは割引料金になります。さらに、70歳以上になると、交通機関の割引や、市民の定期検診の受診項目でも無料になるものがあります。
いつもよく行く神戸森林植物園は入園料が無料になり駐車料金だけでよく利用をさせていただいています。
シニア以外にも火曜日は映画館では女性に限って1000円だったり、二人の年齢が一定以上だと割引なども都市部では行われています。
これらは、空いている平日を埋めるための集客の手法でしょう。
また公共機関の割引制度は、社会で働き子育ても終わりやがて表舞台から去っていく人々への労りの制度と理解しています。
営業的に収支を大きく崩すような赤字を増加させるようなものであれば額を減らすか廃止をすればいいことです。JRのジパング倶楽部会員資格制度にしても、空の列車を少なくするための営業戦略から生まれた商品でしょう。

藤原正彦は“管見妄語”でこの「シニア割引拒否宣言」の声をあげています。▼
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この中で氏は、
・・・日本のシニア割引は海外にならったのだろうが、本当に必要なのだろうかと思ってしまう。日本の貯蓄の六割は六十歳以上の世帯に集中している。六十歳くらいになると大金の入る機会が多いからだ。退職金をもらうのはこの頃だし、配偶者が亡くなり生命保険金が入ったりするのも主にこの頃だ。高齢化の進展によりこの頃に親の財産を相続することも多い。大金の入る機会がある一方で、子育ては終り、住宅ローンの返済も概ね完了しているから支出は少ない。青壮年に比べ貯蓄ははるかに多く借金はほとんどないのだ。これに加えて年金もある。だから六十歳以上の七一%は暮らし向きついて心配していない。・・・経済上は「高齢者=弱者」ではない。むしろ「青壮年=弱者」なのだ。高齢者の作り上げたシステムによりこうなった。弱者が強者を支えていくのは不合理だ。貧しい高齢者に対しては手厚い保護は無論必要だが、大半の高齢者の関しては、国家財政をかんがみ年金カットや医療費の自己負担拡大があってもよい。七十五歳以上の後期高齢者の医療費を無料に、などという声もあるが不賛成だ。美術館、映画館、地下鉄、JR、バスなどの割引すべき対象は、高齢者ではなく貧しい学生や正規社員になることができずパート、アルバイト、派遣社員、契約社員などで不安な生活を送っている若者達ではないか。私は常日頃、若者の敬白を嘆き、こき下ろし、若者に迎合しる大人を批判し続けている。しかし、割引については高齢者より困っている若者へと強く思う。・・・

高齢者が預貯金が多くあるのは、退職金や年齢的にそれまでの貯えがあった結果と、病気になった時の医療費の不安があり預金が使えないのです。北欧のように病気になったときの社会保障が充実し、国の制度の中で安住の終末が迎えられるのであれば、財布の紐もしめないですみます。
ただ、年金制度が現在の人口構成比率に適応しないアンバランス感はあります。
高齢者の割引が自明の権利や制度とは思いません。医療費が選挙対策もあって高齢者の一割負担が継続していますが、破たんしている医療費を食い止めるためには三割負担でその中で生活が成り立たない層へは別途収入に応じた医療補助で対応すればいいことです。
藤原氏のコラムの視点はおもしろくよく読みますが、今回の“シニア割引拒否宣言”は、文字通り「管から見ている」ようにも思えます。

制度の適用を続けるとやがて、それを当然の権利として思いこむことは自省したいと思います。
生活保護減額、一斉に不服申し立てへ集団訴訟も視野という動きが報じられています。
7/25のblogで触れた新聞記事を読むと友人少女は生活保護費も受け取っていたとあります。広島市の場合、無収入だと住宅扶助なども含め約12万円。未成年でも受け取れるようです。
保護が必要な身体的・経済的弱者の方へのケアと、一度得た収入を権利として常態化しその状態に安住しかねない場合の線引きの判断が難しいところです。
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by okadatoshi | 2013-07-28 15:24 | メディア | Trackback | Comments(2)
夏は総合運動公園もにぎやか
予定の入っていないときは、朝いちばんにトレーニングジムへ入ります。
空調の効いたジムで30分のウォーキングに面した窓は、緑の簾。
ガラスには、へちま・ひょうたん・マクワウリ・ふうせんかずら・あさがお・ルコウソウ・ごーや・さつまだいこん等々蔓の伸びる植物の名が貼ってありました。▼
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駐車場が満車状態だったので、体育館本館へ行くとジュニアの卓球の全国大会会場でした。全国の都道府県のゼッケンをつけた子どもと家族で、フロアーは賑わっています。▼
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サブ球戯場では、ラクロスの試合のウォーミングアップ。男性の場合は格闘技。▼
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夏休みに入り7月中は、毎日のように何かの大会があります。

夏の甲子園、つれあいはTVのデータボタンの操作を覚えて、母校の優勝戦の結果をチェックしています。
私の母校の方は、珍しくベスト8まで進みましたが今年も破れました。
兵庫県内の162チームに比べ鳥取県は参加チーム25校しかありませんが、新制高校になってからわが母校は一度も出場したことはありません。
京阪神の支部同窓会では、50周年記念の時に甲子園に飾れる横断幕を作りましたが、まだ出番がありません。(ー_ー)!!

追:
つれあいの母校は4:7で敗れ、城北高校が鳥取県代表。
レギュラーのほとんどが野球留学組で県代表が公立以外になると、微妙に県民は醒めてしまいます。
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by okadatoshi | 2013-07-27 14:52 | 日々の暮らし | Trackback | Comments(4)
LINEを学校ではどう指導するのか(2)
昨日と同じタイトルです。
キャンパスは試験中で閑散としています。
サルスベリの花が猛暑に負けず天に向かっています。▼
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採用試験への自主勉強会のフォローです。
一次試験を経て結果に自信がなく、非常勤講師の情報を求める学生もいます。
二次の模擬授業と個人面接対策の続きです。
一次試験では、新課程で初めて登場する“データ分析”が出ると予想して指導し、愛知県で出題されました。昨年は兵庫県の教採試験で複素数が的中しました。
中学3年の教材で模擬授業。▼
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次に昨日触れたLINEに関した広島の新聞記事を渡しました。
例年携帯電話や、いじめの問題が出ますが、やはり直前に出た教育問題で学校現場でも緊急の課題がストレートに採用試験で質問される可能性が高いのです。
テーマを与えてディスカッション。▼
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板書に書かれた言葉をくくってカード化しました。▼
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このメンバーは全員LINEをやっているので、「広島の事件をあなたはどう思いましたか。学校は何をすべきだと考えますか。」というテーマで、24時間の制限をつけてLINEで継続ワークです。
来週は、私の授業の卒業生で現職の教員を招いて、二次試験対策の勉強会をもう一回やります。
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by okadatoshi | 2013-07-26 21:06 | 情報/数学/授業 | Trackback | Comments(2)
LINEを学校ではどう指導するのか
昨日の朝日新聞の夕刊です。▼
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現場で初めてあったメンバーもある7人もの逮捕者が出た広島の死体遺棄事件です。
当初、LINEを通じて結びついたことで、LINEという媒体が悪く言われることに対する反論が目立ちました。
LINEは道路のようなもので、それを利用するマナーの問題という論調です。
この記事は、一般的なコミュニケーションのSNSとは異なったLINEが持つ『閉鎖的な衆人環視』という特性に触れて警鐘を鳴らしています。

教職採用試験の勉強会の要望で、明日と来週の二回登校します。
今日は、採用試験問題のPDF化や過去の受験者の二次試験の報告などを整理していました。明日の模擬面接の素材も考えていたところです。
明日はこのニュースを扱うことにします。
この記事について学生に考えて欲しい点は次のような点です。

学校(小中高)で生徒のLINE指導を行うべきか。
触れない場合の理由。
触れる場合の理由。
LINEの特性をどう考えるか。
学校で触れるとすればどの授業で触れるべきか。
「相手を傷つけたはいけない」だけでよくなるか。
教える教師の側の留意点は。
あなたはLINEを使う上で気にかけていることがあるか。


項目をクリップボードにコピーして、久々に、ideafragment2で図式化をしてみました。
これをベースにモニター上でカードの差し替えや追加などKJ法的な推敲ができます。▼
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他のSNSを抜いて驚異的な速さで開始から399日で5000万人を超えました
もうこれは、社会現象と言っていいでしょう。電車の中でスマホをやっているかなりの部分はLINEの応答に追われているように見えます。
日本人の思考やコミュニケーションにも影響を与えているように思います。
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by okadatoshi | 2013-07-25 21:22 | メディア | Trackback | Comments(2)
今日の拾い読み“文芸春秋八月号”から
多くの著作やTVでも拝見する鎌田實はblog「八ヶ岳山麗日記」で毎日のように発信をしています。
1歳で養子に出され、37歳でパスポートを取得するまで養子であることは鎌田本人には伏せられていたとあります。文芸春秋八月号の見開きの一文です。▼
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 高校三年生の夏、父・岩次郎さんの言葉が人生を決めた。
「お前に自由をやる。そかわり自分のことは自分でしろ」
 医学部進学を望む息子に、父は「貧乏人の息子は働けばいい」と強硬に反対。
何度も衝突を繰り返した挙句に出た言葉、型破りな医師を生んだ。
「大学の同級生が皆、東京へ残るなか諏訪へ飛び込んだとき。デイケアやホスピスを始めたとき。ソ連やイラクの子どもの支援。何かを始める度に、父の言葉が背中を押してくれました」
 そんな経験を持つ鎌田さんは、いま日本の社会に危機感を抱いている。「みんな自由に生きていいはずなのに、『空気をよむ』ことを求められる。そうしないと、子どもはイジメにあうし、大人は窓際に追いやられる。でも世界を変えるのは、アップルの創業者スティーブ・ジョブズのような変わった人です。このごろ日本に元気がないのは、“変わっていてもいい”という寛容さがないからでしょうか」


昨日のblogでも触れましたが、私の年代になって見ると孫の世代を取り巻く人間関係が気になる発言が目や耳に入るようになりました。
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by okadatoshi | 2013-07-24 21:46 | 人びと | Trackback | Comments(2)
old世代のダベリ
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現職時代の最初の赴任校で語り合った同僚と、先日集まりビアで暑気払い。
時折当地へ里帰りをする友人をダシに何人か集まります。
最高は82歳。私は若手。
やはり学校に関してはみなさん一言あります。
会話の断片を綴ると次のような言葉が飛び交いました。

・ユニークな生き方が教師にも生徒にも許容されにくい時代になってしまった。
・経済成長の時代に日本人が持ち始めた中流意識だけが残りハングリー精神が消えた。
・学校現場では事務的な仕事量が増えて生徒と話す時間が減ってきた。
・競わせて生徒が成長するという競争原理が主流になってしまった。ごく少数の成績上位者と挫折感を味わう大多数の性とへと分類されていく。
・効率主義優先でボケッとした時間が無くなった。その結果自分で考え工夫をする時間が無くなった。
・まわりを気にして自分の思いが伝えにくく自己規制してしまう。
・管理主義で育った世代が教師になり、かつてはあった生徒とのかかわりが継承されていない。

皆さん現職時代からの言動は“主流”なるものに対して懐疑的・批判的で傍流であり続ける性癖。その故もあって、批判的な言葉が漏れやすい立ち位置の方々でした。
ですから、今回の内容もその延長線上であるともいえます。

が、以前は感じられなかったストレス要因が多く目につく現場になってきたことは確かに感じられます。夏休みも教師は出勤してデスクワークをしています。
新学期の教材研究や幅広い教養を培う充電時間が無くなり、教える教師の教養も枯渇する一方ではないかと思います。

今日は西の出講先の最終日でした。
超少人数で、就職した当時のように学生の名前もすべて憶え、雑談も毎時間かなりできました。最後の授業でしたが、「こんなに先生と話したことがない」と言ってくれました。
“少人数”が、現状打開のキーワードかとも思います。
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by okadatoshi | 2013-07-23 21:02 | デジの目 | Trackback | Comments(6)
天狗道から摩耶山へ(2)
空模様を見ながら思案し自宅を遅く出たために、今年の5/13と同じ登りのルートで摩耶山へ登りました。摩耶山には、7/18にも登っています。
ウォーキングと登山では使う足の筋肉が違います。
今日は山登りに慣れるための訓練が目的です。
時間が昼近くなったので、不本意ながら布引ハーブ園までは“夢風船”を利用。▼
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ここから稲妻坂→天狗道と急登です。途中、カラフルなキノコに遭遇。▼
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摩耶山山上では、まだまだ紫陽花が見事です。▼
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下りは旧天上寺後から青谷のルートを選びました。
旧摩耶天上寺は、昭和51年に焼失しました。
当時六甲山で最も大きいと言われた周りが8m、樹齢千年と言われた大杉も、焼失時の火力の影響で枯れてしましました。▼
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青谷の下山ルートには、“観光茶園”があります。▼
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今日は往復4時間のコースでした。
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by okadatoshi | 2013-07-22 21:13 | 散策/登山 | Trackback | Comments(4)