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写真展、海で逢いたい(2)&王子動物園
2012/2/25に引き続き、原田の森(県立美術館王子分館)へ行きました。
教え子の写真家大本さんご夫婦の所属しているサークルの17回目の写真展で、最終日にやっと行けました。
今日は、水中写真家の大方洋二氏のギャラリートークをやっていました。▼
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お二人の作品です。
最近は、バリで数か月すごしダイビングをしてシャッターチャンスを狙うのだとか。
一眼デジカメの話を少しました。▼
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近くにある王子動物園の桜が満開なので、帰りに寄りました。▼
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パンダも象も春を感じてよく動いています。▼


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by okadatoshi | 2013-03-31 21:27 | 人びと | Trackback | Comments(0)
家族旅行・鹿児島>(3)知覧特攻平和会館&武家屋敷群
ホテルでは早朝散策サービスがあり、6時に行ってみると二人だけ。
朝日を愛でながら、指宿の自然についてガイドさんが解説。▼
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指宿はもともとは、湯富(ユフ)から転じた地名で豊富な温泉に恵まれ、案内の方も自宅に温泉を引き、湯量が豊富で大きめの蛇口で脱衣している間に湯量が満タンにあるとのこと。市内で5000戸ほどが月5000円で自宅に温泉を引いているとのこと。
ホテル内の敷地にある“あこう”の木で樹齢200年。木に取り付き枝が幹にようになっていくので別名“シメゴロシ”の木をも言われるクワ科イチジク属の木です。▼
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3日目は最初に知覧特攻平和会館へ。
平和会館を囲むよう、モニュメントや当時の三角兵舎や特攻機が置かれています。▼
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会館内は撮影禁止。ずらりと並んだ若い兵士の写真や遺稿集が並べられています。
自館所有の展示物の撮影禁止をしている美術館にはもっと公開をして鑑賞を楽しみたいという気持ちがありますが、ここの撮影禁止処置は個人的には納得がいきます。
鑑賞物ではない人の尊厳さを大切さしているように感じました。

ここでも韓国人や中国人の観光客がいましたが、日本語だけの案内しかありません。
それぞれの国には祖国の礎をなった人たちの顕彰と共に敵国への憎しみの記録がある国々と比し、日本の展示館のスタンスは、“祈り”が中心で、努めて事実の記録が積み上げられている配置です。
慌ただしく異国の観光客が去った後にも、涙ぐみながら遺書を読みつづっている方々が残っているのが目立ちました。
私も次々と綴られている遺書を読み時刻の経つのを忘れました。
6歳から暮らし始めた継母への手紙が特に印象に残りました。
一度も“お母さん”と呼べなかったことを謝し、特攻に行く前に心から“お母さん”と何度も書き連ねてあります。

母から聞いた話では、私の従兄で両親が亡くなり特攻隊へ志願して散った方がいます。その従兄が幼いときに母親と撮った写真を、私の母は大切に保存をしていました。
写真の横に住所などが書かれた付箋がいくつかありました。親族の方でより詳しい情報を記憶の中から追加したのでしょうか。

施設の近くの“知覧茶屋”で昼食をとりました。
特攻隊の兵士から、おかあさんと慕われた鳥濱トメさんのお孫さんが経営されているようで、店内には当時の資料も展示されています。▼
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知覧武家屋敷へ行きました。
玄関から入ると目隠しの石の壁があり沖縄でも似た形式の配置です。
また、家長と長男が使う男玄関と次男以下と女子が使う女玄関の区別がある配置にびっくり。生垣を巧みに使い風情のある通りでした。▼
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三日間長女がガイドを見ながら、もっぱら私が運転をしました。満タン返しなので、最後の給油レシートを見ると、鹿児島はレギュラー、リットル@156円で、16.49リットル。
沖縄の時も現地レンタカーの旅行でしたが、ツアーよりも割安で時間的な余裕がとれたので、二人運転手がおれば移動は楽だし楽しめました。▼
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(帰宅後加筆)
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by okadatoshi | 2013-03-30 15:16 | 日々の暮らし | Trackback | Comments(6)
家族旅行・鹿児島>(2)霧島から長崎鼻まで
最初に霧島神社へ。
広大な敷地に巨大な神木があります。
韓国語・中国語が飛び交って大型観光バスが早朝からひっきりなし。▼
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その後、鹿児島市内へ戻り、仙厳園へ。
入口正面に、幕末最強の鉄製150ポンド砲が目を引きます。▼
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園内は、大河ドラマ“篤姫”のロケ現場を紹介しながらの大きな庭園が散策できます。▼
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昨日は見えなかった噴煙が見えました。噴煙の変化です。▼
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ここから、渋滞気味の市内を抜けて、長崎鼻へ。
以前、開聞岳に登ったときは黄砂で霞んでましたが、今回はきれいに見えました。▼
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ここは竜宮伝説の神社があります。またあちこちに黄色の“いべーの花”が見られました。
ブラジルの国旗の色と言われる黄色の花で外来種ですが、ここの気候に合っているようです。観光ツアーの中で、同じ団地に住んでいる方と出会ってびっくり。ホテルも同じ指宿国際ホテルでした。▼
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砂風呂にも全員で入りました。
フロントにパソコンが1台あるだけで室内LANも無線もなし。(帰宅後加筆)
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by okadatoshi | 2013-03-29 17:51 | 日々の暮らし | Trackback | Comments(0)
家族旅行・鹿児島>(1)桜島
孫君の春休みに合わせ今回は鹿児島。
trapicsの“往復さくらで行く指宿・霧島温泉フリー3日間<選べるホテル>レンタカー付”というコースで、@45000円。
当初、バスツアーで同じコースのものが、65000円でありましたが、結果的にはこちらの方が時間の制約もなく、リーズナブルでした。
出発5日前まで、乗車指定が確定しませんでしたが、朝7時半に新神戸で“さくら”に乗車。11時半に鹿児島。帰りは3/30に現地を午後4時過ぎの新幹線。

新幹線では、孫君とipadminiで五目。三々の禁じ手にハメられ白の私が負ける。各シートの側壁に電源完備。新幹線走行中でもiilmioは電波がとれてfacebookの書き込みやメールチェックは」可能。菓子包みを使った私の作品。▼
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昼食は“るるぶ”で娘がチェックした黒豚かつランチの店へ。
その後レンタカーを借りて、フェリーで桜島に渡りました。
http://www.sakurajima.gr.jp/
桜は最盛期をやや過ぎた時期ですがまだまだ十分に見ごろです。
“溶岩なぎさ公園足場”。日本一の長さの足湯。今日は噴煙の量は少ない。▼
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スーパーマグマロードの桜並木を見ながら島の南側をドライブ。
途中、“叫びの肖像”付近を散策。▼
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大正3年(1914)の大爆発で埋まった“腹五社神社”の鳥居。▼
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今日の宿舎は霧島ロイヤルホテル。客室も広く温泉街とh離れた場所に立っており、ツアー客で成り立っている感じです。1階フロアーでは無線LAN可能。
夕食、朝食ともバイキング。控えめに摂る。久々に生ビールです。▼
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(帰宅後加筆)
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by okadatoshi | 2013-03-28 18:49 | 日々の暮らし | Trackback | Comments(7)
絵とのかかわり>(3)5年生から水彩画を描く
3/25(2)に引き続き同じタイトルです。
小学校5~6年生のものです。絵画教室では、静物の素材に先生の食卓に上るものが頻繁に登場しました。

これは5年生時の静物です。▼
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通っていた小学校のグランド。屋外写生は、当時は苦手でした。6年生時。▼
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4年生のときと同じ花瓶が描かれています。
6年時のもので、陰影をつけて立体感が出ています。▼
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by okadatoshi | 2013-03-27 18:07 | 絵ごころ | Trackback | Comments(2)
通っている病院の変更(3)
2012/12/25のblogと同じタイトルです。
12月の結果も気を付けたつもりが横ばいで変化がなく今日の検査日まで、
低糖質ダイエットの本を読んだり、野菜から食べることを心がけたりしました。

まず朝食抜きで採血。
その後で朝食。今度の病院は、玄関入口にあり病院内にありながら、近所の方も入れる一般のレストランという雰囲気です。モーニングで@450円。内容も悪くありません。▼
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次に眼科で検診。結果は前回同様異常は見られないので、次回は4か月後と検査の間隔が長くなります。主治医以外の眼科の医者も私の検査結果を病院内のネットで共有していてその数値を見ていました。
今回は、頸椎にエコー検査が入っていました。予約は午後からだったのですが、私が午前中来ていてエコーの時間が空いているとのことでそちらに移動しました。このあたり細かい連携ができりています。
糖尿病の場合には、目のほかに脳への血液の流れに障がいが起きる場合があるのでそれもあわせ検査。結果は左に経度のコレステロールが残留している部分あるけど、半年に一度見るぐらいで支障はないということでした。
午後の診察では、前回“高い(=H)”のマークが出ていたγ-GTP、総コレステロール、中性脂肪、血糖、HbA1c(NGSP)ともすべて減少し特に総コレステロールと中性脂肪は基準値に収まりました。
HbA1cは、6.3で基準値の4.6~6.2にもう一歩。この分では薬が不要になる段階になりそうです。
最近の2か月間は、ほぼ二日に1回はトレーニングジムに通いアルコールや間食も控えた結果で、体重も減少しました。▼
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結果的には大病院ではない中規模の総合病院ですが、変えて良かったと思います。
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by okadatoshi | 2013-03-26 20:53 | 日々の暮らし | Trackback | Comments(2)
絵とのかかわり>(2)小学校4年まではクレパス
タイトル(1)に引き続き2回目です。

通っていた“小さき花園幼稚園”はカトリックの教会内に併設されており、アメリカ占領軍(当時は進駐軍と言い換えていた)の兵士が教会の礼拝にも来ていました。
教会の前の道路を使って兵士らがキャッチボールをしていました。
よく描いたのは、アメリカ軍のジープです。車の後ろにはガソリンタンクのような長方形の入れモノを次のようなイメージで描いた記憶があります。▼
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絵が好きで、小学校に入ってサクラクレパス主催の全国絵画展に応募し、毎年佳作か入選の賞状を集めていました。
しかし、1952年(昭和27年)4月の鳥取大火で家は全焼し、小学校3年までの作品は残っていません。
どういう経緯で、池本先生の画塾に行きだしたのか記憶の彼方です。
池本先生の絵画教室は、庭に面した大広間の中央に静物が置かれ、描き上げると先生が見て寸評と必要に応じて手を加えられることもありました。大人の人も一緒でした。

小学校4年生までは、クレパスを使った作品ばかりです。
この壺と水差しは、よく登場しました。壺の黄緑の塗り方が平板です。▼
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かぼちゃの陰影に工夫が見られます。▼
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この作品には学年や描いた年に係るものがないので、年代は不明ですが、クレパスを使っていることと、鳥取大火の様子なので小学校4年生の4月頃と思います。
橋が焼け落ちているところ記録しています。
焼け跡に残った金庫が印象的だったのでしょう。▼
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by okadatoshi | 2013-03-25 12:10 | 絵ごころ | Trackback | Comments(4)
絵とのかかわり>(1)池本利美先生
3/193/20のblogに高校時代の美術部関連のことを投稿をしました。
当時のことが懐かしく、年度末で書類整理をしている勢いで、残された絵も見直しました。
小学校以来のものが200点あまりあります。
気に入ったものを何枚かデジカメに撮りました。
その多くは、小学校時代から中学まで通った池本利美先生の画塾で描いたものです。
このblogは、自分史の資料になりそうなものをまとめる意味もありテーマを決めてアップしています。私の絵とのかかわりについてまとめておこうと思います。

小学校に入ってから、池本利美先生のご自宅の絵画教室へ通っていました。
残された絵は、小学校4年以後のものばかりです。
私の故郷鳥取市は1952(昭和27年)4月17日に大火がおこり、私の家も消失しました。
それまでも絵が好きで描いていたはずですが、焼けてしまって小3以前の絵は残っていません。
私にとって池本先生は“絵の先生”でしたが、歌人としても著名でまた柔道家でもありました。耳が寝技で変形したと言っておられました。

1978(昭和53年)8月18日の日本海新聞で池本利美について報じています。▼
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先生のお人柄について記事から抜粋します。
砂丘をはだしで歩き仰向に
なりたる体に天があるなり  (歌集「砂丘」から)
 砂丘を、久松山を愛し、うたい、描き続けた池本利美の生涯は、作風がその人柄と人生観を反映して、清純で誠実な中に、大自然と呼応したスケールの大きなものだった。表現は極めて平明だが、自然の命を深呼吸するように肺奥まで満たした観照眼は、したたる緑や燃える紅葉など四季折々の姿を、あまねく地上と海と天を、輝く風光としてとらえていった。
 池本利美。明治二十四年、鳥取市生まれ。日本画、水彩画を学び、教壇に立っては国語、図画、そして柔道教師も務めた文武両道の人。禅を人生の指針とし、「明星」の与謝野晶子、「一路」の山下陸奥らの指導を受け短歌の道を歩む一方、日本水彩画会、光風会に出品し入選。県歌人会会長、日本海新聞歌壇の選者もかねる幅広い活躍ぶりだった。五十二年四月五日、八十六歳で、満開の桜の季節にその生涯を閉じた。(中略)
 剛気で心やさしい人柄は、数々のエピソードを生んだ。鳥取商業の教師時代、寮の生徒たちが、キリの木六本を全部切り倒し、ゲタ屋に売ってその金でうどんを食べた。処分をめぐって学校はひと騒ぎ。だが、これからの若者は少々ケタはずれでも気がいがなくてはならぬ、と生徒をかばったのが“池本先生”だったという。先生も教師もおおらかで、スケールの大きかった時代の物語である。
 またあるとき、還暦祝いに教え子たちが毛せんの座ぶとんを贈った。ところがある日、某氏が訪ねてみると、座布団は床の間に飾ってあった。「ようく考えてみると、皆が心を込めて贈ってくれたものを、わしがしりに敷くわけにはゆかん。頼むからこれでこらえてくれえ。」“鬼”とあだ名され、柔道五段の猛者でもあった人間・池本利美の心情である。現代のように管理・組織化され、人間がわい小化する社会では、エピソードつきの人物はもうそんなに生まれまい。(後略)


池本利美先生遺作展の案内パンフから▼
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先生から頂いた水彩画です。
今回、額縁の裏に重ねて入れてあったのを見つけ出しました。
改めて見ると、雲の描き方は私が現在よく用いる彩色方法と酷似しています。
小中を通じて指導を受けるうちに自然に習得したと思われます。
パステル調の水彩画は私の好きな色合いとも重なっています。▼
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by okadatoshi | 2013-03-24 21:59 | 絵ごころ | Trackback | Comments(2)
gmailに保存されたメールの一括削除
プロバイダのメールを私はgmailに転送をするようにしています。
出先でメール内容を調べられるし、学生のレポートチェックもどこでもできます。
ただ、そのために保存メールも膨大になり2万件近くになりました。
メールの容量は10ギガまでと十分にありますがメール内検索に時間がかかります。
いつまでも過去のファイルをクラウド上に置くのもどうかと思います。
年度が替わり学生の提出ファイルの保存も必要がなくなりました。
書類の整理とともにパソコンデータも整理中です。
メールのの一括削除の方法が案外知られていないので、紹介します。

次の例は、2012年の6月以前の受信ファイルをすべて削除する例です。
before:2012/6/30
でメール内の条件にあったものをリストし、すべてのチェックをします。
この後、削除を押せば終わりです。
この検索方法で過去の特定のDMのみを削除などもできます。
一度見たメールはgmail上には残さないという方は、検索部分は空欄のまま全選択をして削除すれば、いつも受信メールは空っぽの状態にできます。▼
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by okadatoshi | 2013-03-23 20:43 | 機器/ソフト | Trackback | Comments(0)
新しいTVとDVDレコーダー
居間にTV(AQUOS LC-32H9)とDVDレコーダー(AQUOSブルーレイ BD-W520)を入れて、それまでのものを、昨日組み立てた和室のTV台へ移動しました。
午前中に業者が来て、移動とセッティングをやってもらいました。
TVとレコーダーを合わせて95000円でしたが、ネットの価格コムで最安値を調べるとTV(32098円+送料1530円)とレコーダー(38697円+送料0円)を合わせて72325円です。
自分で設置し配線と設定をすべて行えば22675円安くなります。
量販店購入に場合は、TVの保証が3年間、レコーダーが5年間つきますし、BSのセッティングのことを聞きたかったので、パソコンまでなら通販購入でなんとかなりますが、この価格で満足しています。WOWOWを2台で見るには2契約になることも知りました。

最近の電化製品は購入するたびに進化しています。
操作方法も機能の豊富さと操作性の複雑さが拮抗し、年齢が行くとわからなくなります。
私などがちょうどその分岐点かと思います。

今日は卒業式で早く学校が終わり母親は遅いらしく昼には孫君が来ました。
さっそくババ用に録画の方法を紙に書いてくれました。
自宅が同じ機種で「あ、この機種はタイムシフト再生ができる、いいなぁ」などとジジババには、わからん言葉をつぶやいています。
最近の児童・生徒には生まれた時からリモコンは日常的な道具で、操作をするのに何の抵抗もありません。
この年代には、マニュアル本を読まなくても画面の指示とアイコンだけで適当に使う術(すべ)は、我々の世代にはないものです。▼
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by okadatoshi | 2013-03-22 20:46 | 日々の暮らし | Trackback | Comments(2)