<   2011年 08月 ( 31 )   > この月の画像一覧
六甲山カンツリーハウス
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 8月も今日で終わり。夕方には母親が引き取るため弁当を持参でジジババと六甲山へ。最後の孫DAYです。
最初森林植物園の芝生ゾーンで野球をやる予定が水曜日が休園日で入れず、いつもの記念碑台の無料駐車場に車を入れ、カンツリーハウスまでプチ散策。

 カンツリーハウスでは、園内の乗り物が@600円とかかり自然と楽しむというより都心のレジャーセンターと変わりない感じです。次回は、山歩きで特訓しよう。▼
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by okadatoshi | 2011-08-31 22:51 | 散策/登山 | Trackback | Comments(4)
青春18切符スタイル
 電車に乗って車内や出先で時間が取れそうなときのスタイルです。
青春18切符を使って広島に行ったときのスタイルを再現して見ました。
この他、万歩計は時計代わりに常に持参しています。

【画像をクリックするといずれも拡大します】
この格好で、地元の方に尋ねると親切に教えて頂けます。▼
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 電線は全て埋設し広域の部分に家並が広がる竹原市の家並です。▼
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by okadatoshi | 2011-08-30 17:44 | 絵ごころ | Trackback | Comments(2)
大和ミュージアムから竹原へ
 豊富な資料に圧倒されました。この街へは、ぜひまた来ます。
これから竹原市へ移動。▼
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【追記】
 大和ミュージアムは、資料収集に徹し、務めて思想的な評価部分は触れないようなコンセプトを感じました。それだけに、ビデオとか実物のテクニカルな面や乗員の残したものを読んでいくと時間が足りなくなり、ほかの散策路はあまり回れませんでした。
館内はフラッシュと動画以外は、撮影はフリーで、撮影場所もモニュメント全体が撮影できるように配置をされています。
館内の係り員に私を撮ってもらったら「はい、やまと」と言われました。

 そのあと、竹原市へ移動。安芸の小京都といわれているようです。
駅前に降りたときは、あまり期待をしていなかったのですが、風致地区は見ごたえがありました。最初の郵便「黒ポスト」を見つけました。
(画像右)この書状集箱、回収もされ現役です!▼
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 帰りのルートを航空写真で表示して見ました。▼
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by okadatoshi | 2011-08-29 11:24 | デジの目 | Trackback | Comments(2)
いろは丸展示館
 青春18切符で広島へ。途中で、鞆の浦に寄っています。画像は、いろは展示館▼
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 【追記】
 昨年もこの時期広島で元気にしている叔父夫婦へ会いに行きました。叔父は今年94歳。ゲ地域のゲートボール大会では表彰される技能の持ち主です。

 昨年は尾道下車。今年は、鞆の浦です。途中で相席の方に、鞆の浦の名物とか見どころなど教えて頂きました。
 待ち合わせの時間があり、福山城にも行きました。なかなかいいお城です。▼
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 「旅レコ」も持参。一日中つけっぱなしにしていました。衛星の電波状況が遮断される場所にいる不自然なカーブを描きますが、後で写真の撮った位置、高度、時間などの照合に役立ちます。▼
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by okadatoshi | 2011-08-28 12:41 | デジの目 | Trackback | Comments(6)
自衛隊の毛布のたたみ方
 夏はタオルケットで寝ますが、朝起きたときに次のようにしてアバウトに畳みます。
そんなに埃もたちません。面積が4分の1になればいいのです。▼
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 これは高校時代に学校で自衛隊の紹介があり、その時に隊員の方が「短時間で効率よく寝具をたたむ方法」として実演をされた方法です。
今も自衛隊でやっているのでしょうか?

 全生徒を講堂に集め講演会やらこのような実演が、私の高校時代にはいくつかありました。今思い返しても無秩序で一貫性もなく、質的にも試行錯誤の行事であったように見えます。

 関西の大学の某弁論部が鳥取で合宿をしていて、我々の前で模擬弁論大会をやりました。これは、なかなかインパクトのある口調で滑稽感さえあり、その後、その口真似が流行りました。当時の生徒の印象では、その大学のPR効果はなかったと思います。

 中には、戸沢白雲斎の十何代目とかいう人物が忍術をいろいろ披露しました。学年は違いますがY君を壇上にあげて催眠術を掛けて「や~」と言って倒し、「これであなたは、頭が良くなった!」と言いました。その後Y君は東大に合格。現在の高校では、おそらくこのような催しは無理でしょう。

 田舎の学校で、何も情報がなく、今の高校の感覚でおよそ実現できないような不思議なイベントがありました。実にのどかで牧歌的。

 当時東京の某大学応援団が米子市で夏の合宿を敢行。駅から宿舎まで、団旗を先頭に市内行進。その行列の前を一般市民が横切りました。神聖な団旗の前を横切られた団員は怒り市民を暴行。さすがに地方新聞のニュースになりました。幕末の生麦事件のコピーです。こんな時代錯誤な大学には行かんとこと思いました。

 卒業後、すっかり忘れていた些細な若い頃のことを、何かの拍子に思い出すことが最近よくあります。
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by okadatoshi | 2011-08-27 19:21 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(4)
どうなる今後の日本
b0036638_214129.jpg 今日は、時事講演会を聞きにいきました。7月の講師は、代表に立候補している馬淵 澄夫氏でしたが、講義日と重なり行けず、今日が2か月ぶりです。

 講師は読売新聞特別編集委員の橋本五郎氏です。ヒルトン大阪にて。
 まさしく民主党の代表選挙前という時期での開催でした。
後半は、タイトルからやや離れ、日本の過疎化・母親の思い出-と、今までの講演内容とは異なりやや個人的な心情に触れる内容でした。
以下、メモを元に概要をまとめます。

●誰もが総理に成れると言い出した

 昨日からの動きを見ていると小沢氏が前原氏に幹事長を小沢派に要求しているようだが、これはいつか見た風景と同じと思った。
国益を損ねた前首相と裁判中の二人が代表戦へ影響力を持つというおかしい。幹事長を小沢氏の影響化にある人を受け入れるというのは小沢氏の傀儡政権になることで前原氏が断って当然だろう。小沢氏は「誰が政権を取るのかじっと見ていて意見を言わない」という態度で極めて不健全だ。
 イギリスの政治家は7割がフォローに回り3割が政権を取ることを考えている。最近の日本では10割の政治家が機会があれば自分が総理に成れると思っている。
今朝は西岡参院議長まで代表候補に挙がっている。

 支持率が30%で黄信号、20%で赤信号、10%で辞任だが、10%になってもなお総理の座に居座る菅首相は強靭な神経の持ち主だ。
 あれだけの大震災が起きた。記事を書くときに自分が政府の最高責任者であればどうするかを考えながら記事を書く。
 自分が首相であれば、阪神淡路大震災の経験者に話しを聞くだろう。石原信雄元官房副長官は震災対策に尽力をした。また歴代総理経験者の意見を聞く。
 ソ連とアメリカのキューバ危機の時に、ケネディはアイゼンハワーと会談をしている。
今回は、それだけの大災害だった。
事は急を要するから、①経験者の知恵を借りる②既成の組織を使う。(=官僚のノウハウを使う)
  ところが、民主党はそれまでの脱官僚から政務三役で事を図ることを党是とし震災時も官僚を排除した。組織を作りうまく行かなければ、また類似の補佐官を次々立ち上げた。官僚が入ってないから情報も入らず個々の組織のつながりがバラバラで何をやっていいのかわからないまま時間だけ過ぎて行った。

●指揮官で災害時に最も必要なこと

 3.11の直後のまずやるべきことは、
①助けを求めている人をまず助ける。
②並行して助けた人をケアをする。
③復興計画をどうするのか根幹を決める。

 関東だ震災の時に、後藤新平が「どのような行動をとったのかが参考になろう。
現在の東京都は88年前に彼が推し進めた基本計画を享受している。環状線や、都内の小学校を全て鉄筋にするなど、彼は3日で考え6日後には基本的な復興プランを閣議決定している。

 阪神淡路大震災の時に、情報が集まらないで当時の村山首相は初期には無力だった。彼は国土庁長官を変え現地に行かせ、復興に関わる権限を与え、責任は自分が取ると言った。貝原知事と現場で問題は即決で進めそれ以後、復興に向けての手順はスムーズに行われた。

 災害時の対処では、大原噴火時の後藤田正晴の動き方や、三宅島噴火の時の石原知事の自衛隊要請など機敏に対処した例がある。
 災害時に最も大切なことは何かを考え、それお推し進めるのが時の政府の役割だろう。

 私は復興構想会議に入っているが東北出身や関係者がかなり多い。
この文明国で、実はいまだ5千人の行方不明者がいる。このことは異常である。私は今回の震災で完全な防災は無理と感じた。が、減災はできる。大自然の力を屈服させることはできない。しかし、そこから逃げることはできる。原子力利用はやって行かなければならないだろうが、第一世代の専門家はかなり慎重であった。現在の第三世代になり気持ちの緩みが現れている。

●日本全体が元気にならないといけない

 震災復興が東北の復興だけを目指すものであってはいけない。
平成の大合併が行われたが全国的に見ると県庁所在地だけが潤い人口が集中し、その県内で過疎化がさらに進んでしまった。東北で言えば、仙台に情報が集中し他県は恩恵を受けていない。

 私は秋田出身だが、地元の閉校になった小学校に、私の蔵書2万冊を寄付し、橋本五郎文庫をオープンした。
 橋本五郎文庫の名前は、中曽根元首相にお願いしところ、快諾されたが“橋本五郎記念文庫”となっていた。私はまだ生きているので、看板の方には「記念」を除いて使わせて頂いた。
 最近では毎日、30~40人の人が集まるサロンになっている。別のそこで本を読まなくてもいい。地域の人が集まるコミュニケーションの場に育てばいいのだ。交通費だけ負担して中央で活躍している方にも来て頂いて講演会も次々に計画をしている。

 秋田は自殺率が全国一位だ。皆一生懸命働いているがそれを癒すには酒かパチンコが楽しみ。その中で虚しさがでるのかもわからない。そいう土地柄で「あそこに行けば人が居る」という場所ができればいい。
 現在の日本の二世政治家は、地方に選挙区がありながら生活の拠点は東京のど真ん中だ。地方で一人一人がどういう思いで生活をしているのかという「思いやり」に欠けている。

●母の教え

 私の母は、81歳で脳梗塞で亡くなった。私は6人兄弟。父は小学校の校長で57歳で亡くなったが、教員の給料は安かった。私が読売新聞に入社して2年目に父親の給与を超えた。母親は保険の勧誘員もしていたが、仏壇に父親と共に備えるときにいつ頃からかお札の枚数を減らして父の給与よりも少なくして父親を立てていた。母は、毎朝5時半に出かける父やことども達のために7つの弁当を作っていた。
 母は日ごろ「自分が亡くなったときに孫には自分の弱った姿を見せて欲しくない」と言っていた。
実際に亡くなるときに、孫を合わせるかどうかで兄弟で大議論になった。私は合わせればいいと思っていたが、長兄が「母の姿は哀れな最後ではなく立派な姿だ」と行って親族に合わせた。

 悔やみに現れた救急隊員が「生前、お母さんは私に何かあれば秋田の病院に連れて行って欲しいと言われたが、救急で近くの病院に入れたのはお母さんの意志に反して申し訳なかった」と言われた。
母は、兄が勤務する県庁の近くであれば、何か起きたときにすぐ来れるが
田舎だと年休を取らなくてはいけないということを気遣ったいた。また亡くなるのも平日ではなく子供が年休を取らなければならないから日曜日に亡くなりたいと日ごろから言う気遣いの人だった。そして希望通り日曜日が命日だった。 
 母から41年前に、次の三つのことを教えられた。
①何事ににも手を抜いてはいけない。
②傲慢になってはいけない。常に謙虚に、人のことを批判するときには言われる人が成程と思うような言い方をする。
③嫌だと思う相手に会えば自分より優れたところが何かないか見つけなさい。

 私にとっては、お天道様は母親である。
政治家にとって、最も大切なことは公のために尽くすこと。しかい、今の政治家は、自分のことだけを考えているようにしか見えない。
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by okadatoshi | 2011-08-26 21:04 | 講演会記録 | Trackback | Comments(2)
須磨海浜水族園のイルカショウ
 夏休み孫を連れて神戸市立須磨海浜水族園へ行きました。
夏休みなので駐車場を調べ、JR須磨海浜公園駅北側のマックスバリュの駐車場へ留めました。少し離れていますが、平日だと1日の上限が500円で、この近辺では収容数も多く値段ももっとも安いです。
 正門から入ると大水槽が見えます。▼
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 日本初チューブ型水中トンネルです。ピラルクが身近に見られます。▼
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 クエと鰯です。昨日、NHKで水族園で魚の採り方を放映していました。
魚の動きに合わせてカメラを動かしました。▼
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 ラッコの餌やりです。▼



 この水族園でもっとも人気のあるイルカショウです。▼


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by okadatoshi | 2011-08-25 18:04 | 日々の暮らし | Trackback | Comments(2)
広東料理の東亜食堂
 神戸には本格的な中華料理から家庭の味の中華専門店まで多くのお店があります。
地下鉄県庁前の東口から東へ徒歩3分にあります。
酢豚の定食、@750円を頂きました。▼
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 【東亜食堂
神戸市中央区下山手通3-15-6
TEL 078-331-0488 
定休日:なし
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by okadatoshi | 2011-08-24 20:00 | グルメ | Trackback | Comments(0)
甲子園の夏、終わる(2)
 8/20に光星学園の準優勝について触れました。
 今朝の朝日新聞の社会面に地味ですが、同校の主力選手の飲酒発覚と掲載されていました。Webサイトにも「高校野球準優勝の光星学院3選手が飲酒 昨冬帰省中に」とあります。八戸市は市庁舎への健闘の垂れ幕予定を中止。祝賀行事も一転自粛。▼
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 たかが飲酒ぐらいではとWebで調べると
『準優勝を果たした青森の光星学院の主力選手たちが、ブログで飲酒や賭博を自慢していたことが発覚した。その一人は「*****」と名乗り、プロフィールによれば、大阪の**が地元で、背番号は*。2011年1月3日の更新で、生ビールやチューハイを呑んで泥酔したと記した。その後、仲間が飲酒運転で警察に捕まり、ボーリングで賭けもやったという。 』(*は置き換えました)
すでに本人のblogは削除されてますが、そのjpg画像や女子マネージャーとのツーショット写真なども、ごく一般的な検索キーを入れれば続々とヒットします。
芸能人でもない一般のそれも、高校生の個人情報が晒されています。
もし、これらのことが事前に分かっておれば、高野連の基準からすれば、出場停止か出場辞退のケースでしょうか。

 この事件が出る前には光星学院を準優勝に導いた監督を朝日新聞社は「仲井監督の人物像に迫る」として紹介その中で
 3年生は、1年生の頃からクラス担任もしてきた生徒たちだ。親元を離れた県外出身者も多く、精神面のケアを心がけてきた。「甲子園の舞台で、誰からも拍手されるような人になってほしい」。その願いがかない、快進撃を続けた選手たちには、スタンドから惜しみない拍手が送られた。「野球を通して社会に通用する人間を育てる」がモットーだという。
とあります。この記事を執筆した記者はどういう取材をしたのでしょうか。今回の不祥事報道をどう感じるのでしょうか。

 震災から復興する東北への元気になるはずの今回の青森勢の活躍(=美談)になる筈のストーリーが、青森という野球選手の過疎地で、校名をあげるため学校の思惑と十分な生活指導をされていない県外から送り込まれた野球(だけ)少年が、感動を探すマスコミの波に乗って準優勝まで行ってしまいました。
そのためにまったく個人的な交友関係の中で自慢しあっていたblogの文章や彼らのひそやかな日常が、暴露されてしまいました。
こういう不祥事が出るたびに、出身中学の制限や、特待生制度、優勝請負監督の跋扈、スカウト制度など弊害が一時的に言われるものの本質的な解決を見ていません。
 野球少年は特別な選ばれた心身ともに健全な高校生ではありません。ごく普通の高校生の一人です。
今回のことで、美談仕立ての役割を演じさせられた被害者にさえ思えます。
 高野連が理想の高校生像の正邪を決める司祭の役割を演じているのも不思議です。
これらの事件の処理は、本来は学校が処分をすればいいことです。
学校教育の一環という立場をとれば、商業主義を排し、高野連は、各教育委員会の高体連傘下に入るのが筋でしょう。

 大学やノンプロやプロ野球への供給源としての甲子園の役割の負の側面が今後もでてくるでしょう。小中学生のリトルローグの上位にユースサークルとして地域の野球チームを高校の部活動の野球から分離しそこで、若手の選手養成をするのも一つの方法です。

 後援している朝日新聞社には、野球少年を美化する報道のみに力を入れるのではなく、毎年繰り返される野球部の不祥事や、健全な高校の部活動のあり方についての検証記事が必要ではないでしょうか。
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by okadatoshi | 2011-08-23 15:00 | メディア | Trackback | Comments(2)
六甲山ダイヤモンドポイントへプチ登山
 月曜日になりわが家へ孫。夏休みは公設託児所モードです。
小学校3年までは児童館がありますが、小4は自宅に居るしかありません。

 今日は、車で六甲の記念碑台の無料駐車場に車を止めて、ダイヤモンドポイント往復。
記念碑台には六甲を開き最初の六甲ゴルフ倶楽部を開いたグルームの胸像、六甲の別荘に彼が置いた「101番地」の復刻石塔があります。近くの三国岩にも行きました。▼
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 8月も下旬に入ると秋に向かった花や実が見られます。
ヤマジノホトトギス、若い栗の実、ヤマボウシの実。▼
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 今日も「旅レコ」つけっぱなしで持参。航空写真で歩いた場所が分かります。▼
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 時間軸を横に高度と速度をグラフにしたものです。左右の緑の上下運動は車。山頂は当然ながら高度が高く散策しています。昼食後、寝っころがってました。▼
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by okadatoshi | 2011-08-22 19:46 | 散策/登山 | Trackback | Comments(2)