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笠松山(244m)と善防山(251m)
 朝空模様を見て、兵庫50山の笠松山と善防山情報をWebから拾い急きょ車を出しました。175号線を北上し、途中加西市の県立フラワーセンター方面に行き、善防公民館の駐車場に車を置きました。
 そこから善防中学から登山口=古法華自然公園=笠松山山頂展望台=つり橋=善防山山頂=善防山第二山頂=下里小学校=善防公民館。
 低山ながら古法華寺を挟んで独立峰で向き合い展望台では360度の展望が望める変化に富んだおもしろい山でした。
 善防山から下山するときに道を間違え下里小学校校内の裏手に斜面から降りてしまいました。古法華自然公園入り口の駐車場に車を置き、古法華寺からそれぞれの山をピストンで行けば時間もかからないと思います。 吊り橋や石刻アトリエ館、石仏など楽しめます。今回の公民館駐車場から、笠松山と善防山の周遊は、午前11時半ごろスタートし食事休憩も入れて駐車場には午後2時半に戻りました。

 古法華寺の石仏。笠松山への鎖場。後の山は善防山。笠松山山頂。▼
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 笠松山から釣り橋へ降りる。善防山頂。見晴らしはよくない。
下山後、公民館へ左に行く途中に善防山への登山口を見つけた。▼
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by okadatoshi | 2009-08-31 21:34 | 散策/登山 | Trackback | Comments(2)
鉄人28号復活近し!(2)
 新長田のセッティングの様子を7/28のblogにアップしましたが、本日近くに行ったので撮影してきました。頭部を除いてほぼ組み上げられています。

18mの高さでお台場のガンダムと同じ高さということですが、これだけの大きなフィギュアがビルの横に立つと異空間に入ったような気がします。
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by okadatoshi | 2009-08-30 16:09 | デジの目 | Trackback | Comments(0)
スケッチは3分
b0036638_13154127.jpg 筆者は、都市設計家。画業を生業としている方で絵はありません。
日常生活や仕事の現場で見たイメージを手じかにアナログ的に記録する習慣と技能がこのような冊子に結実したように見えます。
 手じかな素材を使ってスケッチをすると、描いたときの記憶やプラスアルファの情報も絵の中に閉じ込められます。デジカメが普及していますが、デジカメ画像はいくら実写されているとはいえ、なぜその絵を撮ったのか、絵のどこが気に入ったのかということはまず残りません。
 スケッチの技法も、現場主義です。筆者はクライアントとの交渉や、記録にスケッチを残しそれを活用しています。
 ただどのようなスケッチの入門書を真似ても模倣以上のものは生まれません。描き手の感性をどう生かし絵として残されるかが見る人に訴える絵になるのだと思えます。

 今日はスーパーでミネラルウォーターを買い求めてきました。関西スーパーとコーナンが並んでますが、それぞれ78円と95円でした。そのことを記録したくなり、水性ペンと黒鉛筆でスケッチにしてみました。
“スケッチは3分”
山田雅夫
光文社新書280
光文社 700円 ISBN978-4-334-03380-4
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by okadatoshi | 2009-08-29 13:16 | 絵ごころ | Trackback | Comments(0)
洗濯機の買い替え
 そういう時期なのかDVDの引き続き、トイレの便座のふたなど10年近くなる次々自宅の電化製品がおかしくなります。
 洗濯機なが脱水中に止まり蓋が開かなくなって修理を見積ったらモーター部分が原因といわれ修理より買換えが安くなるという診断で9年ぶりの買い換えました。
 先週購入したのですが、設置する人が本体のくぼみを発見しました。とりあえず設置し別のものと差し替えるということで、昨日再び来て完了しました。
 実は、くぼみを発見したときに「値引きされれば、このままでもいい」と言ったら担当者が電話に代わり、引いても「ン千円」程度ということでした。で、それならと新しいものと変えたのですが、昨日の方に聞くと、「引き取った商品はメーカーに返送。向こうでは商品にならないので解体でしょう」ということでした。
 素人考えでは、潰すのなら1万円引いても人件費など考えても両方に得だしエコだろうと思うのですが、梱包あけた時点での商品の欠陥はメーカーに返せばそのまま仕入れ値がK’Sに返却される。仕入れ値と売値の差は5千円を越せば小売が赤字になるだろうということでした。また大幅な値引きが慣習化すれば、運送担当者と購入者との不正も懸念しているのかもしれません。
 購入したのは、ビートウォッシュBW-7KVは価格COMの最安値は、59275円でした。
 今回K’S電気で購入したものは、特売期間割引で本体価格67700円。
値引き前の店頭価格よりこれでも2万円ほど引かれておりオープン価格の実態がよくわかりません。ビッグカメラでは同じ型が79800円でした。
 これ以外に排水口が直下のために隙間を作る部品などのアダプタまわりや古い洗濯機の引き取り料金などありますが、比較のために本体のみ比較しました。
 パソコンと異なりこういう大型家電商品は、通販よりも量販店の方が今回のように設置稼働まで確認してくれますし、K’Sの場合は5年保証がついているのでベターな選択と思います。ほぼ同等品のミドリとも比較しましたがパソコンと同じくK'Sの方が安い。
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by okadatoshi | 2009-08-28 09:47 | デジの目 | Trackback | Comments(0)
秋に向けて家庭菜園を耕運機で耕す
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 夏の間あまり手入れをしていない我が家の借農園の土はガチガチになっていました。
で昨日は、団地の農業クラブから@100円でミニ耕運機を借りて細かく砕きました。▲
大根とブロッコリーを(つれあいは)考えています。
 やはり機械を使う簡単です。ただ、登山で使う筋肉と違うので今朝は腕に疲れがやや残っています。
 1年ぶりの操作で使い方を忘れており、近くの方に教えてもらいました。
デジカメで撮影した画像で操作方法を心覚えにまとめました。
 フリーソフトのjtrimで「連結・余白作成・文字入れ」を使いました。円や線を入れるのは、paintを使いました。こういう操作を加えるだけで、画像にワード並みの情報量を追加できます。▼

★ミニ耕運機の操作方法は次の通り
 耕運機の移動は、図の白丸で囲んだキーを下げます。
そのつど車が上げ下げされ移動するときには、この車を下げます。稼動時には上げます。
動かすには
1)右横にあるキーを縦にしてガソリンの口を開けます。
2)レバーをOFFからONにします。
3)強くひっぱるとエンジンがかかります。
左のハンドルを握ると回転し始めます。右はアクセルです。
終わるときは、2)→1)を逆にします。
手前の杭を下げるとブレーキになり深く掘り込み上にあげると前に進みます。
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by okadatoshi | 2009-08-27 09:05 | デジの目 | Trackback | Comments(2)
私の過ごした高校時代のある見方(2)
 昨日のblogに関係した画像を1枚紹介します。
S氏は、1973(昭和48年)8月医療ミスで30歳の若さで亡くなりました。
H氏からの連絡は当時は電報でした。今もその日の日記に電文をはさんでいます。
 死因に不審をもったご家族の希望で遺体の解剖と状況保存をしたために、当時の医療訴訟では珍しく1審は勝訴。高裁では逆転敗訴。裁判の度に、母親と奥さんは上京、K君やH君も裁判の支援をしていました。母親はミスを認めて謝って欲しいの一念でしたが、執刀医と離れて医療保険代理弁護士が機械的に最高裁判決まで全面に出てくる遺族には虚しい裁判でした。

 1975年にK君が中心になって、S君の追悼集「白い季節からの報告」を編集。タイトルと表紙は私が提案。
 その後、1985年の十三回忌には、彼の墓の横に墓碑を作りました。

 その当時、コピーライターとして大手のCMづくりに腕をふるっていたK君の文面で、デザインは私が担当しました。樹木が植わっている大地の左側の空間はS君の居た場所を示しています。
 この文案で、「一生懸命」とありますが、実は原案は「一所懸命」でした。
 私がデザイン化するときに、私の判断あるいは思いつきで「所」を「生」に変更をしてしまったのです。出来上がったときに、K君から「彼の場合は一所なのだ」という説明をされ彼の口癖の「バカタレめ」と言われました。コピーライターとしての彼の卓越したセンスを思い知らされました。

 皆忙しく生業を持つ中、帰省のたびに在郷の友人とともに鳥取の母上のところへ行きました。そこには、高校時代と変わらぬ空間がありました。
K君の追悼集にも原稿を寄せている女性陣が、体力も衰え独りで生活できなくなった母上を島根に離れている奥様とともに定期的に通い身の回りの世話もしていたようです。

 今は、残されたお子さんも結婚し、また母上とS君の墓も鳥取から、奥さんの実家のある実家へ移されました。
 今回、K君の「追想集」編集に関し当時の、墓碑の行方を問い合わせたら、奥様が「墓碑」もお骨と共に移動し大切に保存をしていました。
下記の画像は、奥様から送って頂いたものです。
 この墓碑の裏には男女合わせて10人の寄贈者の名前も彫られています。
来年は、この方々に呼びかけて、墓参りをしようかと話し合っています。

 一方、K君は亡くなる直前までメールのやりとりをしていました。
「死んだら墓はいらない。しいてつくるならサルスベリの木の下に埋めて欲しいものだ」というやりとりがあり、亡くなったときにその文面をご遺族に転送をしました。K君は、墓所に「さるすべり」を植えそこへ分骨し「樹木葬」がなされました。

 私の高校時代は、級友同士の付き合いに加えそれぞれの親の世代もつながっていました。ただ、狭い地域の中、人の噂を生活のスパイスにしているような閉鎖性が嫌で、私の場合は、県外に進学し今は神戸に住んでいます。
 この年代になると帰省をすれば、当時の友人が親の世代になり連絡すれば集まってくれる故郷になっています。
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by okadatoshi | 2009-08-26 11:31 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(0)
私の過ごした高校時代のある見方
b0036638_1815926.jpg 高校時代の親しい友人K君について、デジの目で「K君を語る会を京都で(09/07/12)」として触れました。
 また彼の追悼集とやはり親しかったS君の追悼集に関係して「高校時代の友人の遺稿集二冊(09/06/22)」としてアップしています。
 右の写真は、K君、S君と撮った高校時代の写真です。やはり親しかった市内から離れたH君のお宅に行き彼が撮ったものでしょう。この日、近所で捕れたウサギ肉のすき焼きを食べたと日記に書いてます。

 ここで取り上げた冊子を、Gさんへ渡しました。
Gさんは第二ステージで私が担当している教科法で単位をとり教師をしています。
 民間経験もあり途中から科目履修生として教職と専門科目を2年間という最短距離で取得しました。難関の教員採用試験を通って今年高校の教諭になりました。
 年齢的には20代後半で社会で苦労した分職業意識も高く洞察力もあります。最近の大学生や教えている高校生とのギャップにも敏感でなかなかの理論派です。

 先にふれた本の感想をGさんのSNSで触れていて、私自身の過ごした高校時代がGさんのコメントによって客体化され思わぬ発見もあります。
 引用をしながら私の過ごした時代を考えてみたいと思います。

Gさんは、私の過ごした学生時代を昭和40年代とくくっていますが厳密にいうと昭和33年高校に入学。昭和36年に大学に入り昭和40年に新任教員として採用されました。
私が過ごした高校・大学生と最近の高校生とは、同じ名称で呼べないほどに、質・量ともに大きく変わっています。
 文科省の「データからみる日本の教育(2008年)」「大学等進学率の推移」によれば、私の大学に進学した1961年の近くの1960年の18歳人口の3年前の中学卒業生を分母とした大学・短大進学率は10.3%。
 2008年では55.3%、高専・専門学校まで含めた高等教育への入学者は76.8%になります。
高学歴化自体は、学習の機会を得られるという点では意味がありますが、内容の質的な低下は確実に進行。入学者は必ずしも学習意欲があるわけではなく社会へ出る前の4年間がモラトリアム的な遊民のストック期間になっています。

 私のころは、高校への進学もやっと5割を超え、その先の大学への進学は学力と経済力の両方を満たさないと無理でした。行きたくても選べない進路があるということは、珍しいことではありませんでした。
 大学生の「インテリゲンチャ」としての選良意識が根底にありました。大きく変わる体制に対して、デモ行進は身近なノンポリにもそんなに抵抗のない表現手段でした。
今は学内は石鹸工場に「ように清潔でタテカンなど皆無です。

【Gさん】書物に記された昭和40年代は、今の時代とずいぶん違います。
情報の更新が今みたいに活発ではなく、一つ一つの出来事を大切にしていた時代に思えました。 昭和40年代は、電話が一般家庭に普及していたのか分かりません。今の時代は携帯電話ひとつあれば、メールなり電話なりすれば直接本人と話が出来るのかもしれません。ですが、かつてはそうではなく、文通という形で連絡を取り合っていたようでした。(それが当たり前と感じないのは、私がもっと後の時代に生まれたからでしょう・・・)

 確かにメインの連絡手段は「手紙」でした。自宅に電話があるのはゆとりのある家でした。学校の住所録に(呼)として近所の電話のある家の電話を頼んで記載していました。相手に意見を伝えるそれがかえってくる間に考える時間がありました。ケータイの出現で情報の質が軽く無意味な情報量の中に埋もれています。

【Gさん】当時に比べると、現代はグローバルスタンダードの名目上、どこに行ってもある程度は同じようなもの・同じような価値観を手に入れることができます。ですが、かつてはそのような時代ではなく、地域によってそれぞれの独自色があったように思えました。そんな時代がどうしてか、私にはうらやましく思えます。

 かつて県外の大学に行く就職するということは、それまでの生活と決別して別の世界に入るということでした。今は海外旅行を含め人の動きは活発に簡単にできます。「故郷を出る」という悲壮感はありません。TVが普及を始めたときで、確かに地域の独自の文化が根強くありました。

【Gさん】かつての時代の方が純粋であり、お互いを分かり合えていた気がします。今や個性(あるいは悪い意味でのワガママ)が尊重され、個人の嗜好・趣味が反映される時代になりました。かつては、自分が一人になった時、自己を振り返り他人を思いやる時間を持っていたのかもしれません。ですが、今は一人になれば孤独を感じる時代かもしれません。(今の方が、きっと便利な社会になったはずなのですけどね・・・)

 ギリシャの昔から「最近の若い者」を憂える落書きがあたっと伝えられるます。
「今の若い者は」はあまり意味はなく、当然今の若者文化は現状にあわせ育っていると思います。当時は、やはり先行きの混沌とした中で社会が変わるかもしれない、変えなければならないという思いがある時代ではありました。
 情報化社会という「パンドラの箱」を今は開けてしまいまいました。
インターネットを叩けば、未来や・悩みや・生き方はたくさん、たくさん出てきます。その中からその時の気持ちにあったものをチョイスすればいいだけです。作り出す能力は育たなくても選ぶ気軽さは身につけています。選ぶだけで考える時間、行為の訓練の場がなくなってきました。そして、その問題解決が済んでいなくても、次の新しい関心ごとが次々にとってとってかわります。

 私の世代は、生まれたのは戦前でも国民学校など知らないし、戦後生まれの団塊の世代でもありません。大学に進学したときは、60年アンポは終り挫折感の中で大学時代が始まりました。いわば乗り遅れた世代という特徴があると最近感じるようになりました。

 過ぎたことに対して、年配者は寡黙です。このWeb環境を使って自分たちの育った時代をこれからの若い人へ伝えていくチャンネルを見つけていきたいと思います。
 私自身、仕事も高校に選び、教職生活の中で「標準座標軸」をK君やS君と過ごした時代においているためか、友人たちとゆっくり時間を共有できたというもの貧しくても教育的には恵まれた時代を過ごしたという思いはいつもあります。
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by okadatoshi | 2009-08-25 18:04 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(3)
蛇谷北山から六甲最高峰へ
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 晴天+下界の暑さから避難=山頂へ。
といういつものパターンで、東おたふく山登山口から、蛇谷北山から石ノ宝殿を経て六甲最高峰まで登りました。
 北山山頂は、836mで芦屋市の最高峰です。六甲山の最高峰は、931.13mでしたが、阪神淡路大震災で12cm隆起し、931.25mと計測されています。
 帰りは、ガーデンテラスを経て六甲ケーブルまで。

 昨日から空気の感じが乾き秋の気配も感じました。木陰に吹く風は湿度も低く非常に快適で涼しい山行でした。少しずつ草花も秋に向けて準備、ススキの穂も出始めました。
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 ウリボウ2匹を伴ったいのししと遭遇。まったくこちらを気にかけずすれ違いました。
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by okadatoshi | 2009-08-24 21:56 | 散策/登山 | Trackback | Comments(2)
団地の夏祭り
 30年余前に作られた新興団地に入居し、同じような生活様式の中で老いていく終の棲家のわが団地ですが、昨夜は夏祭り(=盆踊り)の日でした。
以前は、自前で櫓を組んでいたのがバイトや業者に委託しての準備になっているようです。700世帯ほどの小さな高台にある団地ですが、近隣の団地の中には盆踊りができなくなくなった団地もある中、今年も実施されました。

 自治会所属のサークルが出店を出します。「ネット部会」はアニメ上映と写真撮影&プリントサービスです。デジカメ映してプリクラのようにデザイン化し2枚打ち出して50円。子供が多かったりすると枚数分サービスするので会計は怪しいですが、毎年盛況です。

 この団地で育ち出て行った子供たちが孫を連れて帰ってくるので、こんなに人がいたかと思うほど公園が人で溢れます。子供たちにとってはここが故郷になっています。
 市内の趣味でやっている阿波踊りの連の踊りの指導。▼
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 区内のママさんグループによる和太鼓。
和太鼓を打つのが楽しく、催しに出ることが張り合いになるとか。▼
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 櫓を囲んで、縁日モード。映画、ゲーム、プリクラ。
 夏祭りが終われば11月には秋の文化祭で展示と講演会が催されます。▼
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by okadatoshi | 2009-08-23 13:17 | デジの目 | Trackback | Comments(0)
ラジオ関西の兵庫県高齢者放送大学のコーナー
 散策にラジオは必携です。今朝は、ラジオ関西の朝6時半から、「兵庫県生きがい創造協会」提供の、香山リカ(精神科医)氏の「キレる大人はなぜ増えた」を放送していました。
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 「兵庫県高齢者放送大学のコーナー」をクリックすると
一か月分の視聴できます。
 内容は、「精神科医として患者さんと会うと中で、高齢者にも若い人にもキレる人が増えた。そのれぞれの年代の特徴と解決策」を語る内容です。

 散策中という閉ざされた環境で耳から入ってくる話としても適当な内容でした。
 香山リカ氏は本名を変え、また「9条の会」を支持する立場を明確にしたり、著書「しがみつかない生き方 「ふつうの幸せ」を手にれる10のルール」の帯のキャッチコピーでは、『<勝間和代>を目指さない。』を付けるなど、ユニークな活動をしていることがわかります。
 ラジオで、今を生きる「旬の人たち」の情報を見つける楽しみがあります。
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by okadatoshi | 2009-08-22 13:38 | 人びと | Trackback | Comments(0)