<   2006年 08月 ( 9 )   > この月の画像一覧
壺井栄と生田春月の文学碑
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 ウィーキングフリークの私は6時前にホテルから出て坂手港を見下ろす墓地のさらに高台にある壺井栄文学碑まで一人であがりました。早朝の港に沿った道は閑散としていましたが、墓地には結構人がおり線香の煙が立ち墓の掃除をしていました。
文学碑の場所を訊ね立ち話をしました。
b0036638_18454311.jpg この集落のほとんどがここに墓地があり、夏の暑さを避けて健康がてら墓参りを毎日するという人々がかなりいるとのこと。畑にもならない港にせせり出た湾全体を見晴らす潮風の吹く急斜面が村の人々の社交場にもなっているようです。
 文学碑には好んで色紙に書く「桃栗三年柿八年、柚の大馬鹿十八年」という自筆の碑が彫られています。
 壺井栄に碑から見守るような位置に生田春月の遺稿「海図」が碑に彫られています。月夜にこの位置から眼下の播磨灘を見れば、生田の海へと誘われた心情もわかるような場所でした。壺井は生前、この地にくると生田春月の碑に花をいつも手向けたといいます。
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by okadatoshi | 2006-08-26 23:55 | 人びと | Trackback | Comments(0)
心が和む小豆島
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 8/25-26と小豆島へ家族旅行に行きました。
 神戸港からセラヴィ観光汽船の高速艇(時速60km)で小豆島まで2時間と快適。交通費、宿、現地レンタカーも含め@17000円のパック旅行で乗客もこのホテル宿泊者だけでした。
このパック料金で、現地でレンタカーを借りるか観光バスに乗るかも選べます。夏の終わりの家族ずれがほとんどで年間この施設を稼動させるには経営的にはかなり厳しいように見えました。
 壺井栄の二十四の瞳のイメージを大切に映画村を拡充し、岬の分教場保存、港は佃煮と醤油においが漂う町に入ると昭和の時代へとタイムスリップができます。村おこし、町おこしの先駆ように見えます。
 映画村の中に併設されている壺井栄文学館は冷房も効き生前の自宅にあった応接セットも用された快適な空間でした。生前の愛用品やプロレタリア文学の影響を受けた主人や書簡などを見ることができます。終戦とともに民主主義の息吹の中で「二十四の瞳」の誕生がこの島を舞台に生まれました。このことは、島の人々の生活の厳しさやその中で壺井を育てた優しさがのためでしょう。
 私の小学生の時代も、二つの机を寄せた生徒机でした。オルガンの記憶もあります。学校に行くことが生きていく術を得る手段に直結していました。
 教師も生徒やその家庭を把握し地域が共同体として機能している時代でした。かつてはあったそして経済優先の中で捨てていった時代をここで思い出すのでしょう。
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by okadatoshi | 2006-08-26 23:52 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(2)
数あてゲームで遊びませんか
 まず紙に4桁の思いついた数字を書きましょう。その数字をもう一人が当てます。相手の推定した数字に対して
Aは数字もその桁(位)もあっている
Bは数字はどこかにあるけれど桁が違う
Cは使われていない数字
 たとえば、「2366」という数字に対して「6789」を入れると「BCCC」が返されます。これをヒントに次に数字を出します。ABCのかわりに○△×を使うとわかりやすいかも知れません。6回程度で当てればかなりロジックに長けているか運がいい方です。
 二人で出題者と回答者に同時になって紙に書きながらヒントと予想の数字を言い合い、どちらが早く当てるのかを競うと結構時間つぶしになります。
 アメリカ発生のゲームでストライクとかボールという用語を使ったようです。実は、これをコンピュータで組むと手ごろな問題になります。
b0036638_19131846.jpg 画像は1977/12/05の日付のノートでシャープのPC-5200を使ってミニフォートランで組んだものです。
次のような出力例です。
NO DATA ハンテイ
1 1576 BBBC
2 1558 BCCC
3 1276 BBBB
4 2716 ABBB
5 2167 BBBB
6 6172 ABBB
7 7162 BBBB
8 2176 BBBB
9 6721 AAAA
アタリオメデトウ
 後期に10進BASICの演習を考えその教材作りの準備を始めています。言語はAVBでも何でもいいのですが、流れ図をきちんと描き数字の分解と判定部分で結構頭を使います。乱数で発生させた数字をあてればいいのでプログラムができれば一人遊びができます。このようなノートを5冊ほど残しています。今では根気もアイデアもなかなか浮かびません。
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by okadatoshi | 2006-08-23 19:15 | 情報/数学/授業 | Trackback | Comments(0)
これからの盆踊りはどうなる
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 わが団地に住んでから四半世紀以上経過をしました。
 その中でネット部会もでき第二ステージに入り地域との接点にもなっています。
盆踊りが開催されて25年になりますが、普段は子ども少なく閑散としている700世帯ほどの高台の団地内の公園が子ども達で一杯になります。
 ここで育ち外に出ていった子ども達が孫を連れて実家に戻ってくるのです。最初の盆踊りをするときに1個3000円で各家の名前を書いた提灯が櫓の回りに灯されます。この提灯の中に自分の名前を探すのも楽しみに一つ。ここは子ども達にとって故郷になっています。今年は踊りに輪が少なくもっぱら模擬店が賑わっていました。
ネット部会では、プリクラ、パソコン相談コーナー、アニメ大会を開催盛況でした。
片付けながら一緒に店を出した人と「年々盆踊りが世代をつなぐイベントになっているけどいつまでこれだけの規模の盆踊りと模擬店が維持できるかもこれからは考えないとだめですね」という話も。
 一戸建ての持ち家で同じような生活環境の家で、成熟していったコミュニティーとなっています。少子化、高齢化の中で夏のイベントがどういう姿を辿っていくのかも大きな課題になる時期が目の前に迫っています。
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by okadatoshi | 2006-08-20 23:55 | デジの目 | Trackback | Comments(0)
終戦記念日に「二十四の瞳」を見る
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 終戦記念日にあわせてBS2で昭和29年(1954)木下恵介監督の手で映画化された「二十四の瞳」の放映をしていました。高峰秀子主演で若いときから晩年までモノトーンの画面のなかで見事に演じています。
 原作者の壺井栄が生きた当時の日本の時代背景が描かれています。
終戦を体験しやっと生活することが出来る中で平和への希求の気持ちが強く訴えられそれが受け入れられた世相を代表した映画です。
 子ども達との交流の中で平和の大切さを「女先生」の視点で語っていますが、この映画をみる側の世代はあの時代をどう語り伝えてきたのかが、今問われています。
 現実には、8/15という日を季節行事としてこの日だけを過ごし、翌日にはより鮮度の高いニュースへ移行しています。靖国神社への合祀問題も、戦後教えられることもなくまた伝えられることもなく現代史を避けて通った結果多様な解釈へと拡散しています。
 他国の国内問題への干渉は許されないという偏狭なナショナリズムの台頭も気になるところです。二十四の瞳を作りそれを受け入れ涙した時代がまた一つの過去の世代・事象にしてはならないと改めて思いました。
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by okadatoshi | 2006-08-15 23:59 | デジの目 | Trackback | Comments(0)
故郷の同期会
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 母校が地方にあるものにとっては、お盆前後に同窓会が開催されることが多くなります。今回は卒業後45周年(なぜ45なのかは不明)の同期会が開かれ参加しました。還暦のころはまだ現職の人も多く名刺交換もありましたがそれから4年後、第二ステージに慣れ学生時代や家族のことが話の中心。我々の回生は6クラス300人ですが当日参加者は90人。
 恩師にも半数は参加頂き高校時代にワープした2時間でした。その前後、近くに海岸巡りやゴルフのコンペ母校訪問などのオプションも盛況。同期会は、こまめな世話役がいるとスムーズにいくことが多いようです。
 戦後世の中も落ち着き、脱脂粉乳入りのまずい給食で育った時代。皆貧しく進学、高校を出ると同時にタン、父母を見送りやっと落ち着いて自分の過ごした足跡を振り返ることのできる余裕が生まれた時代でもあります。
 地域、時代は違うものの同じ高校現場に身を置きましたが、当時の教師は学問的な裏打ちのされた威厳というか学力があったと思います。高校への進学率も限られ、時代環境の中では恵まれた高校時代であっともいえます。皆まわりは貧しく都会に出ることで自分の夢や可能性が開けると漠然と思っていました。
 会場での画像を配る方法として急遽、ホームページを作り掲示板を設置することになり私にとって10数個目のホームページを作成することになりました。
 数年に一度の付き合いから、Webを通じて連絡がとりあえる場が作れるということは電子社会の「光」の部分といえます。画像は、フィナーレの校歌斉唱。最近の高校生はめったに声を出して歌うことをしなくなりましたが。
 音頭をとっているのは、当時の応援団の猛者のMさん。今は会社の役員。
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by okadatoshi | 2006-08-12 23:59 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(2)
第二ステージの過ごし方達人のお一人 (2)
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 現職時代の上司で、退職後好きだったスケッチを生活の中心に起き南仏に数ヶ月滞在をして周辺のスケッチをされている方から画集が送られてきました。これは4冊目で個展も過去に開催されています。現職時代は校長職で私は教務部を担当してましたがその頃は絵がお好きとは存じ上げませんでした。
 ポルトガルや南仏の風景が好きで退職したら描きたいと常々思っていたとのこと。
実は奥さまの協力もあり子育ても終わりご主人が絵を描けるようにと旅行先で簡単な料理や道が聞けるようにとポルトガル語とフランス語のやり取りをおぼえ一緒に海外にもいかれます。
 奥さまも川柳を朝日新聞に投稿を続け「朝日新聞紙上折る句大会」では8000余句の中から一位になった実力の持ち主。7年前の句集に続き今回「新聞に載ってのせられまた七年」という句集の二作目を出されました。その表紙にはご主人の南フランスのスケッチで飾られています。
 今回これらのご夫婦の自費出版の冊子がまとめて送られてきました。
現職時代から私の目標であった方ですが第二ステージでも常に先達として一歩先を歩いておられます。
 仕事を離れてなお自分が打ち込めるものは何かを考えるとき、先日の個展巡回でも感じた残された時間・余力があると思う間に後送りをしないでそろそろやりたいことに取り掛からないと思います。
 スケッチは大胆に省略された線に中での色使いと国語の教師らしく風景に関連した数行の紀行文を追加されているユニークな画集です。
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by okadatoshi | 2006-08-10 10:26 | 絵ごころ | Trackback | Comments(0)
竹内あつ子展「私の旅」「伊丹のバラ」
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 この日は元町の吉岡展からJR伊丹にある美術ギャラリーと駅前にあるアートホール蔵の同時開催の個展に行きました。
 竹内さんとは以前近くに勤務していたときに個展に立ち寄ってから以来の知人。毎回個展開催の案内を頂いています。伊丹市内に在住してモチーフに伊丹の薔薇を描き続けている女流画家。パステルで柔らかな薔薇の雰囲気を柔らかく表現する技法は魅力的。b0036638_16274058.jpg
 今回はアートホールの方はバラでしたが、美術ギャラリーの方は海外のスケッチが中心でスケッチは現場の短い時間で一気に描きあげたものと、アクリルを使った帰国後に描いた大作が展示されていました。きわめて大胆な構図と色使いで男性的なタッチでその場の印象がキャンバスの中に凝縮されていました。
 竹内さんはあまり中央にも繋がらず自分の創作物を大切に描いて来た方で絵は楽しく描きたくなった気持ちのときに描くというのが竹内さんのモットーです。「あなたも描かなくちゃだめよ」と言われてしまいました。
 個展の最中にも多くのお仲間の輪ができていました。上の絵は私が「自由に持って帰れるとしたらこの絵」と思ったものです。同展は、8/8まで開催中です。
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by okadatoshi | 2006-08-05 23:55 | 絵ごころ | Trackback | Comments(0)
吉岡充水彩画展「有馬から舞子まで」
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 今年の1月14日のblogでも紹介した吉岡充氏に水彩画展に行きました。
 「こうべまちづくり会館」地下ギャラリーで8/15まで開催されています。吉岡さんは市内の中学の美術教師をしながらも描く気持ちが忘れられず退職してあえて画家としての生活を選ばれた方です。
 現場に10日ほど通い目に映るままを写し取るという作風のため、展示されている風景には人物など動きのあるものは描写されていません。
 この絵はNHK神戸放送局の角ですが左の画面の囲いの部分を拡大したものが右側です。現在のように高性能のカメラが普及している時代にひたすら現場に通い緻密に描写するという手法を選ばれています。描く時間の中にその空間が訴えるものを引き出し封じ込めているようにも見えます。
 私は絵が好きですがそれを生活の全てとするまでには至らず、今もって中途半端に気の向いたとき気軽にカット程度に描くだけです。このように生活の全てをかけて絵画活動をしている方の個展を見ると普段の生活を糾されるような気持ちになってしまいます。
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by okadatoshi | 2006-08-05 23:50 | 絵ごころ | Trackback | Comments(0)