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記憶に残る卒業式の式辞
b0036638_17113622.jpg大学入試の関係で今日は県内高校の卒業式ラッシュです。現職時代に迎いいれた1年生が今年卒業していくので参加しました。
式辞には、「来賓への挨拶・天候・保護者への労い」などのヘッダーとフッターが予め用意されていて、間に最近の事件や卒業していく年度の学生に関連のある話題を織り交ぜると大体所要時間になってしまいます。本日の式自体は、生徒も保護者もともに卒業と言う一つの区切りを祝ういい雰囲気の式典ではありました。式の間、私自身が過去に参加した卒業式で今もなお記憶に残っているものがあるのか考えてみました。ヘッダーとフッターの印象派皆無です。
同じことを聞いても受け手のその時の姿勢でそれぞれのインパクトが違います。高校時代の校長の式辞は一切覚えていませんが、離任式のときの人望のあった教師の「諸君は世の中で“正と邪”の区別がしっかりわかる人間にならなければならない」という行(くだり)は今もなお覚えています。当時の不当に異動させられたという噂が生徒間に広がり何を話すかと注目していました。
後は、大学時代の学長のスピーチです。当時、新聞会に所属していたので3年時にも取材参加し二回聞きました。この方は、式辞を事前に用意することなくフリーで講演の延長のような語り口でした。二回とも小物を用意していました。
「釘」では打ち込むときの頭部の平たい部分の果たす役割。「五円玉」では穴に紐を通して振り子のように振りながら穴の使い方。いずれも何気なく普段は見慣れているものを観察することによって新しい発想を刺激する視点を強調されたのだと推測されます。
意表をついた従来にない形式・内容にするには、よほど感銘をあたえる「実績と思い」が話し手にないと難しいですね。従来通り行えば進行側も聞く側にもセレモニーとして安心する面もあるのですが。
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by okadatoshi | 2005-02-28 17:15 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(2)
災害時の情報収集と発信
b0036638_141532.jpg災害時における図書館の役割を考える日本図書館研究会46回研究大会が、2月21日に新長田勤労市民センターで“市民手作り新聞”の取材で参加しました。シンポジウム形式で4人から最初に報告がありましたが、神戸関係では次の二本。
「阪神・淡路大震災から学んだこと」(松永憲明氏・神戸市北図書館)では、震災当時の図書館の被災状況と支援活動の様子や、震災関連資料の収集など図書館を取り巻く問題点が話されました。それらは、神戸市図書館情報ネットワークの稼動、1区1館構想の完成、全館オンライン化として実現しました。収集資料は「1.17文庫」として中央図書館に配架され当日検索できる形でCDで参加者に配布されました。
「震災記録を収集・保存し、将来に役立てる」(渡邊隆弘・神戸大学附属図書館)では神戸大学の「震災文庫」の構想と10年の営みが話されました。この文庫発足の「三大方針」として、阪神淡路大震災関係資料の網羅的収集、一般に広く公開、インターネットの最大限の利用(公開開始と同時にWWWページを立て1995.10の開設当時は二千点であったものが2000.5現在では3万9千点になりなお、年間2千~3千点を収集しています。収集対象は「網羅的」で、薄いパンフ・レジメ、チラシ、地図、映像、音声など多岐に渡り、デジタル化して保存できるものは保存して一般公開とWWWによる検索が可能にしています。あわせ資料の公開と利用を進めるために閲覧室から独立した広いスペースに移り(2004.10)、利用資格も問わず、電話、メールでの対応もできるだけ対応しています。資料提供のURLは、
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/eqb/index.html

でおそらく大震災に関するWeb資料としては屈指のものでしょう。震災デジタルアーカイブの利用も進み、近年は写真等の二次利用の申し出も急増してるとのこと。ちなみに私の名前を入れて見ると、当時勤務しておた兵庫区の勤務先でのボランティアの記述が2点ヒットしました。
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by okadatoshi | 2005-02-23 14:07 | デジの目 | Trackback | Comments(0)
yahooへのgooの挑戦
今朝の毎日新聞、全紙を使った見開き広告。
対立する媒体と比較しながら自社商品をアピールしています。「Webで探すから教わるへ」。新しい方向を感じさせますね。爆発的なblogの普及もインターラクティブな関係を目指した使い方が模索されての結果でしょう。必要で良質の情報を如何に得るのかというスキルがこれからは求められます。個人的にはGoogleを愛用していますが。
添付画像は、デジカメで1024*768で撮り、「縮専」で横600ピクセルに落としさらに「dibas32」でファイルの大きさを50kb台にしてアップしてました。画面をクリックするとなんとか文字が読める大きさで拡大表示がされます。
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by okadatoshi | 2005-02-22 09:39 | メディア | Trackback | Comments(0)
お遊戯会の風景
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ここ1週間近所に住んでいる長女がインフレエンザのB型にかかり。その間孫を預かっています。今日は孫の保育所の生活発表会。
年少組から順に演技の発表があり、幼児の親族2名に限って前に着席し、自分たちの子や孫の演技が終わると次の組の関係者と入れ替わります。狭い会場で年々積み上げられたノウハウでしょうか観客もなれたもの。
そのほかの人は後ろで立ち見か、1階の食堂でビデオ中継。目立つのは、コンパクトなビデオでの撮影する保護者群。まるで芸能人の記者会見場のような雰囲気です。各家庭の機器環境まではわからないけど、画像はDVDに保存して編集もパソコンという家庭も珍しくないだろうという印象を持ちました。私は片隅でささやかに動画デジカメで撮影でした。
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by okadatoshi | 2005-02-19 22:06 | デジの目 | Trackback | Comments(3)
実践教師が現場から離れる
今日のWebニュースを見ると、「ヤンキー教師」として注目をあびていた北海道にある北星学園余市高校の義家弘介氏が動向を3月末で退職をするというニュースが報じられていました。
http://www.asahi.com/edu/news/TKY200502150314.html
理由は、マスコミに取り上げられ講演や執筆活動が増える中で、通常の教育活動にも支障を来たし同僚からも外に出ることへの言及ががあったことも要因とあります。
確かに同氏の名前で検索をしてみると書籍販売を中心とした多くのコンテンツがヒットします。
同様のケースに横浜の「夜回り先生」として、著作もありTVでも放映されている水谷修氏の事例があります。同氏も退職した理由の中のひとつに、講演依頼や学校への問い合わせの中で迷惑がかかることを挙げていました。
ともに、通常の学校の仕組の中から外れていかざるを得ない若者をフォローしていくという中から特化した実践が注目を浴びていきました。そのことが本来の自分のステージが居心地のよくないものになっていったという点で類似性があります。
このお二人が拠点を外れて今まで通りの説得力なり実践が可能なのかという点と、マスコミに注目されて中で「現場の教師」から「教育評論家」へと変わり売れるタレント・作家並みの扱い方へ取り込まれてしまったのではないかいう危惧も感じます。
学校としては、地道な教育活動の広がりにつながる活動を期待したかったのでしょうが、狭い閉鎖的な職員組織に馴染めなったという部分があるのかも知れません。当事者でないのでなんともいえないのですが、同校が義家氏が去った後も同じように面倒見のいい高校であり続けて欲しいと願うばかりです。(↓ 2/16の毎日新聞)
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by okadatoshi | 2005-02-16 16:18 | メディア | Trackback | Comments(0)
神戸・長田 路地裏に綴る声
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(↑ 会場のスケッチなどの展示、佐野さんがいつも持ち歩いたスケッチ用具)
震災当時大学生であった佐野由美さんのスケッチ展に行ってきました。長田の「シューズプラザ」で明日(2/13)まで開催中。佐野さんは1975年に長田で生まれ、1998年大阪芸大学美術科を首席で卒業。NGO派遣の美術教師としてネパールへ。1999年帰国直前、交通事故に遭い23歳という若さで亡くなりました。現地の小学校で3ヶ月で言葉を覚え彼女がネパールの人々に愛されて生き様は、映画『with…若き女性美術作家の生涯』として今も各地で上映をされています。日本賞ユニセフ賞http://www.nhk.or.jp/jp-prize/past/27/unicef-j.htmlなど多くの国際的にも高い評価を得ています。
この作品については、http://www.with.tk/ を見てください。
今回のスケッチ展は自身も被災した震災当時のイラスト日記[路地裏に綴るこえ・絵と文佐野由美/六甲出版販売1260円/ISBN4-947600-89-6 C0095]に収録されているスケッチで構成されています。この本は佐野さんのスケッチもさることながら、優しい眼差しの文もまた秀逸です。
佐野さんが進学した高校に私も勤務しており彼女が2年になるときに私は異動しました。廊下で何度かすれ違っていたのかも知れません。
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by okadatoshi | 2005-02-12 22:18 | 絵ごころ | Trackback(1) | Comments(1)
情報がコントロールされた国との闘い
b0036638_171985.jpg昨晩は、街角のTVの前には人が群がりほとんどの日本人が北朝鮮とのサッカー戦に釘付けになりました。日本が戦力的には優勢という下馬評にもかかわらず薄氷を踏む思いの試合展開の結果、2-1の勝利になりました。
拉致問題など政府間の関係が冷え込む中での代償戦のような雰囲気がかもし出されるなか適度に燃えてながらも節度ある観客の反応でした。ごく最近もあった中国の排日的なファナティックで過激な反応まではいかない控えめな国民性を感じました。
一方の北朝鮮は、自国の対外試合をライブで伝えられることは決してない。勝てば政府をあげて国威掲揚のために報じられるが、負ければその事実は隠され、負けたスポーツ団へのペナルティが持っていると報じられています。
今回もし日本が負けたとしても、ジーコ監督の更迭はあるかも知れませんが、それは契約上の問題であって、彼は国から非難される恐怖を感じることはありません。
民主主義とは手間・暇・手順が多いのですが、それは自由に意見の言える体制の証左といえるでしょう。
かつては、わが国も「鬼畜米英、大和魂」を国を挙げて唱え、路上に「敵国の国旗」を描いて踏みつけた時代がありました。
好きなことのいえる微温的な社会の中で、平和に慣らされた若者が増えています。今回のサッカー戦の相手国と似た環境にかつてはあったのだという事実をどこかできちんと伝えるのは我々の世代の責任だと思います。
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by okadatoshi | 2005-02-10 16:57 | メディア | Trackback | Comments(2)
中島みゆき concert tour 2005
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3年半ぶりの関西のコンサートへ昨晩行ってきました。プロジェクトXのヒットのために「おじさん」の客層が増えたという話は良く出ますが、もともと彼女のコンサートは大人しく後半の手拍子でも総立ちになることはありません。静かに、彼女の語り所作を見つめているという感じです。
今回は、なんと最前列の中央という超特等席でした。彼女と私の間にさえぎる「頭」はありません。変化するスポットライトの中で同じ空気の光のシャワーの輪の中に入ってきました。
中島みゆきのアルバムはすべて持っています。彼女の詩集もある。50歳でもなお、舞台には強烈な女性のしぐさ・優しさが収斂され、それがリリックに増幅されていますね。
学生時代、好きな作家はいましたがそれらは卒業しました。しかし中島みゆきからは卒業できそうもありません。「悪女」のようなものです。
「俺の気持ちがここまでわかっているのか!」彼女の詩と歌に取り込まれた者は皆そう思います。これは、宗教や信仰の世界で家族にはなかなか理解してもらえません。しかし、可能性のある女性へ懸想をしているわけではないので安心しているらしい。
聞く人がその時の環境や気持ちで自由に解釈できる詩(うた)で裏打ちされており、その言葉を発するときの彼女の挑むような目には力があります。普段の演出しているであろう「語り」とのギャップも彼女の魅力のひとつ。
よく「元気をもらう」という表現が安易に使われますが、コンサートの後にはこのような言葉しか浮かびませんでした。
極めつけのファンが、ネット仲間にいなければ、とても彼女のプラチナチケットは入手できませんでした。
画像は、今回演奏された題名。中央は前回の神戸会場のスタンプ、右が今回のもの。
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by okadatoshi | 2005-02-08 13:15 | デジの目 | Trackback | Comments(0)
最近の新聞を読んで
ここのところ、陰惨な事件が目につきます。
仮出所した30代の男性による愛知県安城市の乳幼児殺害報道などは防ぎようのない危険と隣り合わせの社会に我々が住んでいることを示しています。被害者への救済処置(ケアや金銭的な保証も含め)がない日本の社会になっていることに気づかされます。
偽札に関わる報道も、1万円、500円硬貨と関連ニュースを意図的にピックアップされることもあって報道を賑わしています。
こういう事件が多く続くなかで「受けて」は本のページをめくるように新しい事件の登場に慣れてモラル面での「怒り」を忘れてしまうか鈍感になっているのではないでしょうか。
偽札にしても掴まされる側の不手際には言及をしても偽造する側への怒りは少なくドラマの役柄的な印象しか残りません。情報が次々に目の前を通り過ぎる時間軸の流れの中に本質は未解決のまま忘れ去られていくのでしょうか。
かつては、あった「お天道様がみていらっしゃるコミュニティー」は崩壊の一途を辿っています。かつてはあった友人・地域との手で触れる範囲の世界が、今となっては得られない心豊かな時代であったのかもしれません。
「TVを見ない、携帯を持たない、パソコンに触れない」。非情報の視点もこれからの生き方には必要かなと思います。
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by okadatoshi | 2005-02-07 11:51 | メディア | Trackback | Comments(0)
元気な熟年層
b0036638_23511775.jpg旅行社の海外旅行の説明会に出席。イタリアの部では、用意された講堂が満席で両サイドに急遽、パイプ椅子が並べられていました。
会場は、サバ缶のお土産やら、本日申込者には空クジなしの景品が出るやら、司会者のトークも何やら羽根布団の即売かアオリ商売の雰囲気です。
こんなにも多くの人々が集まるのかとびっくり。しかも、集まっているのはリタイア組が主流で、私たちなどは若い方。
主催者によると、用意したコースではイタリア旅行にもっとも多くの参加者がきているとか。価格も夏のシーズンに比べ3分の2ほど。
つれあいは、しっかり事前のパンフレット比較や実際に行っている方から情報を入手。本日の旅行社は、ワイヤレス受信機を持たせての案内がないとわかりパス。別の業者の説明会もこの後控えています。情報収集にかけては、こちらも進化していきます。
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by okadatoshi | 2005-02-03 23:51 | デジの目 | Trackback | Comments(0)