ホテルによってまちまちでした。最初にとまったミラノ郊外のホテルでは、二台おいてあるブースがあり、フロントで申し込むと4ユーロで5時間のアクセス可能なパスワードが購入できます。高額だし時間も多すぎであまり利用者は見られませんでした。
ベネチアのホテルは部屋にLANの端子がマウスの形をした飾りの先にありモバイルを持ち込めばすぐにWebができるようでした。(画像参照)無料かどうかは不明。 ウフィッツ美術館の館内ではインターネットのできるらしいブースをみかけました。 ロンドン空港で2年前には見かけませんでしたが今回は電話BOXのような感じでmsnメールができるスタンドがあちこちにあり、これは利用者が多かったです。15分=1ポンド(205円)で使えます。携帯やWebは日本の方が進んでいるという印象を持ちました。 ![]() NHKなら夕方7時のニュースはサブで英語を選択できますが、イタリアではそのようなサービスは見つけられませんでした。最初のミラノのホテルでは、日本の一日遅れの録画版らしいものが放映されていましたが音声はなし。画像の注釈から「日本の国会議員が痴漢行為で捕まった」らしいという報道に恥ずかしい思いをしたのは、海外に出ると愛国者になる性?添付画像はダルビッシュ選手の反省の画面です。アニメは日本のものがかなり見られました。天気予報は見ただけでわかりこれは役立ちました。
![]() 西暦79年8月24日のヴェスヴィオ火山の噴火とともに長い眠りについたポンペイの遺跡を見ることが今回の旅行の目的の一つでした。
実際に街を歩くコースは6時間と3時間のコースがありますが、ツアーのために1時間半ほどでしたが、それでもこの時代の生活を垣間見ることができました。 浴場の前には、居酒屋が3軒並んでおり道路には横断歩道の「飛び石」とその間に残っている馬車の轍の跡。水のみ場では通行人が顔をよせて飲むために水道口にまわりの手をおく場所がくぼみ、顔をつけるために蛇口部分も擦り減っています。港に立ち寄った水夫は「娼婦の館」をめざしますが道路には、その方向を指し示す“シンボル”が刻印されているなど、生活臭が満ち溢れていました。しかし、その当時から今まで人類は進歩したとはいえないなぁ。 ![]() ヨーロッパの石でできた街角は歴史の重みも感じられどこでも絵になります。城壁も大切に保存されています。城内は外敵から守られる代わりに税金も課せられました。細い街角はそのまま残り迷路のようになっています。レストランの天井がそのまま中世のものだったり、敷石も忠実に昔ながらのものを敷き詰めています。壁に貼ってある掲示も不思議にマッチしていますね。画像の左側の鉄の輪は馬を繋いでおいたものです。歴史的建造物の指定地区では建物の保全が厳しく規定され内部の変更のみ認められています。
![]()
今回の旅行に限らず海外のパック旅行では、旅行社と提携している販売店に必ず立ち寄ります。主にバス旅行中のトイレ休憩がメインですがそこでは無料のトイレと日本人による商品の説明が準備されています。パンフなどにある“ワインの試飲”というのは、入り口で少しずつ飲まされてあとはトイレタイムの間に購買意欲を煽るということを示します。
そのような、みやげ物の工房に『カメオの工房』がありました。実演と販売で、画像はカメオ作り60年と言う親方です。手のひらを見せてもらったのですが、立派な“たこ”ができています。弟子の作品と親方の作品では大きな差があり、また手作りとレーザーでは価格にも大きな開きがありました。せっかくのイタリア旅行の記念に“非常に小さな”ペンダントトップを購入しました。この“たこ親方”によるもので裏側にイニシアルと作成者のサイン入りというサービス。カメオの素材によく使われる“三美神”で他の大きさのものはとても手が出なかったです。 ![]() 今朝(4/3)4時37分(現地時間4/2午後9時37分)にパウロ2世法王の死去がWebニュースで報じられています。
世界の10億人のカソリック信者の頂点に立ち、4半世紀、宗教を超えて世界を飛び、イラク戦争にも反対して、若者との対話をした方でした。サンピエトロ大聖堂には、歴代法王のモニュメントや、ミケランジェロのピエタ像も展示され荘厳な雰囲気がありましす。ここで法王の逝去を痛む諸行事がこれから行われるのでしょう。ツアーでは歴史的な出来事を見ることができるとはいえ、観光ルートのスケジュールは混乱、交通も停滞で大変でしょうね。添乗員は大変でしょう。 旅行中の各都市で目立つのは、市の中心にかならずある巨大なドォーモ(大聖堂)でした。中世のころから大聖堂を中心に生活の営みが続けられるなかでの法王の存在の重みを強く感じました。 平和外交を積極的に行ったパウロ法王をイタリア国民は愛しているのがわかります。 添付画像左は、3/14のホテルのTVニュースで小康退院した法王が市民の歓迎の中を車の中から祝福を与えている映像。中央は法王の母国ポーランドからうあってきた女子学生。経費節約のためポーランドから24時間のバスでやってくるとは、日本人通訳ガイドさんの情報。右はサンピエトロ広場に面した法王の居室。お元気なときは、日曜日に最上階の右から3つ目の窓から広場の信者に祝福を与えていました。 ![]() 建物のかなりの部分を覆う巨大パネルに貼られてポスターを随所に見ました。また、そのポスターも、思わずドキリとするような魅惑的で新鮮なものでした。同じデザインのものを各都市で見かけました。
画像の下段中央は、修復中の遺跡を覆うパネル部分を使用したものです。 ![]() 海外旅行の度に日本の良さを感じるのは、食事時の飲料水が有料なここと、街のトイレのチップ(イタリアでは使用料というニュアンスを強調していた)です。水が500mlで1から1.5ユーロ。店によっては、1リットル3ユーロ(1ユーロ=140円)しかないところも。
画像の右は、スーパーで売っている700ml程度のもので、単純に計算するとレストランの4分の1の価格です。ランチの価格以外に飲料水で儲けるしくみになっています。食事中にイタリア民謡を歌うグループが入ってきてその後、チップを要求。気前よく応じるのは日本人団体で他国のグループは無視するか、少しだけのチップ。 左は、ローマの日本食店の飲み物のメニューで一般的な価格です。 ![]() ![]() 突然いっせいに各グループは、シーツでカバンを包み込んで、肩に提げてブラブラと散歩。(左)青色の回転灯をつけたパトカーがやってきました。(中央)通り過ぎると、間髪を入れず元通りにお店を広げました。(右側) イタリアでは、このような不法就労者が多い。一説には仕事の10%がこれにあたるとも。彼らは犯罪には走らずまだ自分の力で稼いでいるので警察もまだマシと考えているフシがあります。ただ、イタリアの警察は、現行犯の現任には厳しく情状酌量はないと聞きました。 お互いに間合いをとりながらそれぞれの仕事をやっているように見られました。 拍手ボタン
ホテルの非常脱出の説明に日本語が4カ国の言語の中に含まれていたし、みやげ物やでは「アリガト」「ヤスイヤスイ」などの日本語の呼び込みも聞きました。ナポリで私たちのグループに居た方が帰国後画像を見ると別のツアーの同級生が背景に写っていてびっくりしたとか。シーズンの性か定番コースを平行移動しているような体験を随所でしました。ミラノ空港で荷物をカーゴに載せて移動する画像です。今回は5グループみかけました。日本の代表的なツアーの荷物をまとめてみます。
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