カテゴリ:セピア色/若い時代( 154 )
以前住んでた公団の分譲住宅
”ブルメール舞多聞で”買い出し。つれあいがショッピングの時間が欲しいとのことなのでその間ウォーキング。時間的な余裕があるので、戸建ての前に住んでいた集合住宅まで歩きました。▼
b0036638_21052535.jpg
105号棟の104。一階ですが裏手は斜面になっており、長女が通っていた小学校が見下ろせます。▼
b0036638_21052400.jpg
当時は32才で尼崎市内に住居も勤務校もありました。
日記を読み返すと、子どもが二人になり、文化住宅と称された民間アパートではさすがに手狭になってきました。川西の能勢とか千里の分譲マンションなど手当たり次第に申し込み落選している記述があります。その中で神戸の舞子の公団があたりました。

前後の日記を読み返すと、母校から「数学教員の空きがあるから戻らないか」と、公団の頭金の準備をしている最中に電話がかかり悩んでいます。欠員予定の教員が退職ではなく休職なので3月までは講師という待遇ということが分かり、神戸への転居を決めました。そうなると物理的に尼崎市へは通えなくなり、校長に神戸地区への異動の相談に行きました。学校は教育問題で揺れ続け、若いときの日記帳には長い文章が続いています。

1974/9/13に鍵の引き渡しがあり、9/22に初めての持ち家に住むことになりました。大阪方面の公団があたればそのまま阪神間の学校に勤務をしていたでしょうし、あるいは神戸の分譲が当たらなければ、故郷へ戻っていたかも分りません。人生は後戻りのできない阿弥陀籤。
何かのきっかけで日記を読み出すと40年前に簡単にワープをしてしまいます。

それまでの風呂もなくトイレも水洗でなかった生活から、新しいコミュニティに移り活気に溢れた当時のことを改めて思い出しました。団地内にコープがあり買い物も簡単でつれあいは新しい家のレイアウトを喜んでいたようです。▼
b0036638_21062416.jpg
今日の歩数は9,000歩。

[PR]
by okadatoshi | 2017-11-27 21:09 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(2)
同窓会に出席できる方は幸せ(4)
昨年の11/19とおなじタイトルです。

今年は、ラブセントラルを会場に選びました。▼
b0036638_21480427.jpg
今年は盛りだくさんの内容でした。
恒例の鳥取○×クイズ、スピーチ、鳥取から同窓生のライブ。▼



そして校歌斉唱。▼


オプションでクルージング。
桜の木が紅葉しています。造幣局を大川から望む。▼
b0036638_21480382.jpg
ラブセントラルでクルージング。▼



次年度の当番幹事も見つかりホッとしています。今日の歩数は、12,000歩。

[PR]
by okadatoshi | 2017-11-18 21:50 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(0)
絵葉書の送り先
11月の月初めに送った絵葉書です。
神戸港開港150年記念イベントの港内遊覧船からのスケッチです。表には森林植物園の紅葉を入れました。▼
b0036638_17282126.jpg
記念切手のストックはまだまだあります。
2円切手100枚を大人買いしました。(^^;)▼
b0036638_17282693.jpg
いずれもお世話になった方々や今はメール環境にない方々です。
最高齢は95歳のF先生。小学校の1年から3年までの担任でした。3年前にF先生を囲み同窓会をしましたが、施設から介護の方の付き添いで参加されました。
「何かあれば連絡をください」といって、連絡は無いので見て頂いていると思います。
必ず絵葉書で返信を頂くのは、学生時代の下宿先のYさん。学生時代は下宿先で塾を開き平日はそこで中学1年から3年までに英語と数学を教えていました。仕送りの期待できない学生生活でしたが家族同様のつきあいで卒業できました。そこの若奥さんで、短い文章のやりとりで当時の事を1ヶ月ごとに短文で文を交わしています。
親戚の方で3年までは返事があった方ですが今では寝たきりになっていて、葉書だけは見れる状態の方もいます。

すでに他界された方では、中学校時代の数学の担任の先生にお出ししました。お亡くなりになった後、遺族の方から入院中のベッドの横に葉書を置いて懐かしがっていたとお聞きしました。
大学時代の指導教官でお世話になった奥さんにも3年間出しました。
振り返ると私は”先生”という存在が好きでよく親しく話しています。
そのことが、他の職業を選ぶことなく自然に教職に繋がりました。
----------------x8
つれあいが帰省中のため団地の大掃除で代わりに草刈りの公園デビュー。
健康公園で歩数は11,000歩。

[PR]
by okadatoshi | 2017-11-12 17:31 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(0)
北の出講、”学生時代”の歌
アメリカン楓の一部が秋の気配を気づかせます。▼
b0036638_22134307.jpg
蔦が似合う建物やチャペルもあるスペイン調のキャンパスで、学生も今風のファッションで溶けこんでいます。▼
b0036638_22134321.jpg
BGMとしては、ペギー葉山「つたのからまるチャペル~」の学生時代♪でしょうか。この歌は、平岡精二の作詞・作曲によるペギー葉山のオリジナル曲で二人とも、青山学院出身です。そのキャンパスの景観がベースになっていると思われます。1964年の歌ですから私が学部の4年にあたりますが、当時あまり歌った記憶が余りありません。歌声喫茶全盛の時代で、ロシア民謡の歌集などが配られていた頃です。

聴けば若い時代へとワープしてしまう曲は、私の場合、1975年前後の歌になります。
今日の車内では、”DREAM PRICE 1500 愛と青春のフォーク・ベスト”の男性&女性のボーカル編を聴きました。長女が以前、CDへダビングしてくれたものです。

着任当時、生徒が夜になると入れ替わり下宿に上がり込んできて、カセットを持ち込みこれらの曲を聴かせてくれました。
まだ私の学生気分が残り、また全共闘運動の影響を受けて高校全共闘の動きがありました。そういう中で心情的に政治運動や恋愛感情の挫折感へ共鳴したのでしょう。その中で、また聴きたくなったのは次の二曲です。

「いちご白書」 をもう一度(バンバン)。安保闘争へ参加した当時の学生が長い髪を切って体制側へと就職していく転向意識を感じます。▼



学生街の喫茶店(GARO)。この曲を聴くとまだ束縛されない自分の意思だけでその日を過ごした学生時代の街角が目に浮かびます。▼



女性ボーカルでは、加藤登紀子、森山良子が好きでした。
その後の世代で、中島みゆきの歌と出会うことになります。(^^;)

[PR]
by okadatoshi | 2017-09-21 22:16 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(4)
上京一日目>友人の墓参
朝の神戸は激しい雨でしたが、上京。
10時に待ち合わせ場所に集い、樹木葬の友人の墓参。
途中海ほたるで休憩。あいにくの雨で見通しは効かず。▼
b0036638_22161174.jpg
千葉県いすみ市にあり、この地域では初めての樹木葬を始めたお寺です。
前回は2014/03/09 でした。集まったそれぞれの思いを巡らせました。▼
b0036638_22161480.jpg
夜は、久々に従弟と会食。東京は大変貌をしています。▼
b0036638_22174131.jpg
改装の阪急アワーズにつきました。旅先なので、今日はこれで、終わり。
歩数、11000歩。

[PR]
by okadatoshi | 2017-06-30 22:28 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(2)
向こう側へ旅立ったW氏(2)
16/07/08と同じタイトルです。
一年前のW氏の通夜の席で久々に母校が同じ2年下の弟のT君と一緒になりました。
やはり同じクラスで親しかったK氏の遺稿集に収めた「K氏からW氏の四国遍路のメールのW氏の部分があれば読みたいね」と彼に話しました。
その後、遺族の手によりメールが保管されていることがわかり弟君と半年間メールのやりとりをしながら「四国遍路往復メール」を完成させました。▼
b0036638_17435717.jpg
冊子編纂メモとして次の文章を末尾に掲載しました。

二〇〇七年にW君が四国遍路に出かけた。
遍路の期間中にW君とK君は、互いを気遣いながら絶えずメールの交換を行っていた。ふたりのやり取りが、このたび生きいきと此処に蘇ったのは、つぎの事情による。

二〇〇八年六月にK君が逝去。
その翌年にK君の追想集「 君はKだった。」を刊行。別冊子として彼の「書簡、メール集」を編纂し友人に送った。その中には、W君から、遍路のとき受信したK君執筆部分が提供され、「四国遍路同行記」として収録された。

二〇一六年七月W君が逝去。
「遍路同行記」のW君の発信文が保存されていれば、より深くふたりの交流の深さがわかると弟のT君に話したら、残された三台の携帯にK君への返信部分が保護機能が掛けられて残されているとの知らせを受けた。
ご子息がデータを書き起こし、メール同行記としてここにまとめた。

過酷な条件下で打ち込み、闘病生活をしているK君とのやりとりは、私たちが過ごした時代の延長線にある会話だと改めて思う。
編集作業の間は、高校時代に戻りワクサンとボータンの二人の会話を側で聞いているような不思議な感覚を感じ続けた。

今と対峙し生を全うしたW君とK君に捧ぐ

今週末に母校の東京支部の総会があり、京阪神支部を代表して参加をします。
その前日に、K君の樹木葬の墓参を予定しています。
W君も亡くなる前までK君の墓参ができないことを心残りにしていました。
兄の意思でもあると、弟君も同行します。

同窓会では時間が限られていますが、京阪神支部のサイトから同窓会紙が読めることや恩師の執筆シリーズの冊子化の話をする予定です。
今日は終日資料作りをしていました。気がつけば、母校のことを後輩達に繋ぐ年代になっています。▼
b0036638_17435737.jpg

[PR]
by okadatoshi | 2017-06-26 17:53 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(0)
下駄をならして奴がくる~♪
私たちの年代には、学生時代にワープできる呪文のような歌詞は”我が良き友よ”(1975リリース)です。
独特の雰囲気を持ち歌っていた、ムッシュかまやつさん、愛妻の死知らずに天国へ旅立ちました。▼



年代的には同じ世代ですから、歌詞に書かれた内容が私の学生時代にぴったりと重なります。
当時は下駄は一般的な履き物でした。下駄屋では日和下駄の歯を入れ替えてくれました。足の親指の部分が丸く窪んでいたもの使い続けていました。
高校を卒業して母校を訪ねたら「今年から通学時の下駄履きが禁止になった」と教師から聞かされた覚えがあります。
その頃の事をblogにアップしています。


若い頃の心情を思い出す歌としては、ガロ - 学生街の喫茶店(1972リリース)があります。▼



60年アンポは高校3年の時でした。デモを企画して教師に説得をされあえなく挫折。大学時代は大学管理法案粉砕闘争があり、全自連と全学連に学生運動も分裂。就職転向論なる言葉も記憶にあります。

70年アンポではさらに学生運動が先鋭化し全共闘運動に収斂され勤務していた高校生も影響を受けていました。高校でも学校封鎖が起き校内でビラも頻繁にまかれました。▼
b0036638_15031681.jpg
私は生徒会係で”卒業式粉砕”をとなえる生徒を演壇の袖部分で泣きながら押さえ込み、後で自主卒業式なるものやった当時の空気感を思い出します。
その頃の新聞記事やアジビラを元に、どのような時代であったのかまとめたいと思いながら止まっています。

[PR]
by okadatoshi | 2017-03-04 15:08 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(4)
我が家の雛飾り(5)
2016/02/28と同じタイトルです。
つれあいは毎年この時期になると、ピアノの上に松屋町で購入した内裏雛と祖母が作った押し絵のお雛様を飾ります。
私の母は6人兄弟の末っ子で、この押し絵を作った母方の祖母とは年が離れているために私自身は会ったことはありません。
押し絵のデザイン力は優れています。顔の部分は母の長姉が描きました。▼
b0036638_15243600.jpg
その他のにも押し絵を大量につくり、兄弟姉妹に分け与えました。その中のいくつかは戦後の食糧難の時に農家の野菜と交換されたものもあるようです。

母が桐の箱に保存したもののいくつかをここに残しておきます。
お茶を飲む女性と裏面です。昭和11年12月の5番目の作品でしょうか。▼
b0036638_15243651.jpg
立ち姿。昭和14年10月の10番目作品。▼
b0036638_15243690.jpg
少女の座り姿。右端は額縁に入れる押し絵です。▼
b0036638_15243520.jpg

[PR]
by okadatoshi | 2017-03-03 15:26 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(2)
『この世界の片隅で』を鑑賞
つれあいと初めてアニメの劇場映画『君の名は』先月見ましたが、引き続き『この世界の片隅で』へ行きました。▼



二人とも出身が鳥取なので、広島弁のイントネーションを懐かしく聞きました。
街角の様子も忠実に再現され、昭和20年前後の庶民の暮らしもリアルに感じます。
感想は巷で多く語られていますので触れませんが、あの閉塞感の強かった時代の”すず”の生き方は絶望の中の救いです。
広島市内に在住のお年寄りには、原爆前の家並みの描写を見ることでさらに心揺さぶられるものがあるのではと思いました。

原作では、登場人物の”すず”、”周作”などは、元素記号の”錫”、”臭素”などからとったらしいですが、他の登場人物についてはわかりませんでした。

事務所問題でトラブった能年玲奈さんが「のん」としていい役柄を得て復活していますね。
予告編を見直すだけで、前後の描写がフラッシュバックします。
[PR]
by okadatoshi | 2017-01-20 20:07 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(4)
『君の名は』を鑑賞
先日のニュースで、異例の速さで日本映画が上映された中国では「君の名は」公開の初日に徹夜組も出たと報じられていました。劇場のアニメ映画は初体験のつれあいと出かけました。▼
b0036638_19393392.jpg
このアニメは8月公開以来のロングランで、ネットによればついに興業収入は2位になったとのこと。
★アニメ映画興収ベスト5
1位「千と千尋の神隠し」(308億円)/2位「君の名は。」(200億円)※12月5日現在/3位「ハウルの動く城」(196億円)/4位「もののけ姫」(193億円)/5位「崖の上のポニョ」(155億円)

これから、いろんな選択肢のある若い人が恋人と一緒に見れば感情移入をするだろうなと思います。我々の年代になるとかつてはあった情熱的な感情の高ぶりを懐かしく思い出します。
熟年の方は、戦後間もなく放送中は風呂屋をカラにしたといわれる「君の名は」のリメーク版などとは思わないこと。
アニメを超えた画像構成の美しさとそのリアリティに、私は魅せられました。太陽光とその影の効果的な使いは美しい。

予備知識なしに見たのですが、まだ見てない人は事前にネタバレでも調べてから行く鑑賞方法もいいかなと思います。あるいは、二度見することで理解できるストーリーです。
映画『君の名は。』のネタバレ感想と徹底解説!ラストまでのあらすじや伏線、売上も考察!!
のリンク先を見れば概要はつかめます。
新海 誠監督を取り上げたものがyoutubeにありました。▼



映画以外にも、デパートからお歳暮の発送。昼は、ベトナム料理ホイアンでランチ。フォーが美味です。

このあと、私の登山用ズボンとつれあいは山できるウインドブレーカーを専門店で購入。まだまだ山に登る気らしい。
12月の三宮は歳末の空気です。
[PR]
by okadatoshi | 2016-12-12 19:44 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(0)