カテゴリ:  中欧5か国( 15 )
気になった画像(中欧旅行 追記 04)
一気にアップした日々ですが、このシリーズの最後にちょっと気になった“落穂拾い”です。あまり深く考えないで読み流して下さい。(*^_^*)

フラウエン教会。「ドレスデン大空襲」では直接の破壊は免れたが直後の火災で翌日瓦解。ガイドさんの当時の建物の写真。残された瓦礫をコンピュータ処理で元の部分に入れた。黒い部分でヨーロッパ最大のパズルと言われる。2005年10月に完成式典。▼
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チェスキークルムロフにて。二つ並べると面白い。▼
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街の看板。上はプラハの公園。下はブダペストの地下鉄。▼
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ザルツブルクのホテル前の歩道。舐めてみると塩でした。
塩が名産の土地で余っているのかも。▼
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かつてブラチスラヴァがハンガリーの王都でハンガリー王の戴冠式で聖マルティン教会へと向かう道には王冠のマークが埋め込まれている。蝋燭の寄進は0.85ユーロ。
面倒で皆1ユーロ出すのかな。▼
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ウィーンで。うな重がディスカウントで日本円で3500円!▼
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この手の大道芸はあちこちにあったが、この方が最も無重力に近い。
ブラチスラヴァにて。▼
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ブダペスト西洋美術館。古代都市の水道の飾り口。今も水が出そう。▼
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これで、一連の中欧旅行のレポートはひとまず終了です。
膨大な画像とメモを見前すことで、帰国後も十分に楽しめました。
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by okadatoshi | 2012-09-18 08:48 |   中欧5か国 | Trackback | Comments(10)
Wifi 事情(中欧旅行 追記 03)
海外に行くたびに、インターネット環境が気になりメモをしています。
2005年のイタリア旅行でヴェニスのホテルでは、電話回線の端子が部屋にありました。
その内、フロント近くに客用のパソコンが置かれるようになり、空港でも自由に使えるパソコンが「あるのは当たり前になりました。
二年ぶりですがトランジットで降り立ったヘルシンキ空港は、ほぼ全エリアで無線LANが接続できました。
搭乗のゲートのベンチには、それぞれ電源口まで背中の部分にありました。
今回は、ipadとアンドロイドのスマートフォンを持参しました。
各ホテルともすべてフロント周辺とやや弱くつながらない時があるものの部屋でも電波が見えました。
フロントで無料のIDとパスワードを教えてくれる場合と、24時間を800~1000円程度で購入する場合に二分されました。 〇・・・無料。△・・・有料

△9/5 ベルリンのPENTA TELTOWホテル
 クレジットカードによる購入画面が表示される。
〇9/6 ドリスデンのgold inn dresdner heideホテル
 ホテルでユーザーネームとパスワードを請求すれば教えてくれる。
△9/7-8 プラハのdorint don giovanni ホテル
 24時間分が250チェココロナ(1000円)、パソコンで手続き。
〇9/9 ザルツブルクのARENA cityホテル
 ルームキーの表示でユーザーとパスワードを教えてくれる。
△9/10 ウィーンの kavalinerホテル
 9ユーロで24時間分を購入できる。
〇9/11~12 ブダペストのmercure budaホテル
 ルームキーのカードにユーザーとパスワードが事前にプリントされ無料

左は24時間の購入画面、右は宿泊者への無料パスワード提示。▼
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建物で無料のwifiが使える場所の表示。▼
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路上や通りにもフリーの表示が見られた。▼
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時々街や電車内でスマートフォンを見たが日本のように電波の数はなく、いわゆる野良無線の類は見られなかった。
最近は、海外211カ国で使える1日あたり@670円~1190円で使えるサービスも見られる。

価格的にさらに安くなるようであれば、スマートフォンのフリーの“翻訳”ソフトを使えば、私のように外国語が苦手な者にも、外国の方とのコミュニケーションもさらに可能になる時代が来るだろう。
次は、日本語で話すとハンガリー語の文章と音声に翻訳した画面。ほとんどの国の間の翻訳が可能。今回試そうと思ったが外部でのwifi環境がなくできなかった。▼
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by okadatoshi | 2012-09-17 21:55 |   中欧5か国 | Trackback | Comments(4)
現地ガイドの方々(中欧旅行 追記 02)
ベルリンでは現地の女性の方が、きちんと聞き取れる日本語でポツダム会談の様子など話してくれる。
基本的に観光客は現地ガイドの説明を聞かなくてはならず、基本的に添乗員は話せないことになっているようだ。
最初の方以外は、現地の方は英語しか話せず添乗員さんに耳打ちのように話しそれを知識豊富な添乗員さんがたくさん引き延ばして話されていた。
現地に7~20年も滞在している日本人のガイドはもちろん日本語でその多くは、日本の旅行社と契約を結び収入を得ている。
中には3回旅行して3回とも同じガイドさんという例もあるとか聞いた。

次の方からはプラハの長身の方が印象に残る。クールさを装いクスリと笑わせようとする意図が読み取れる。プラハではこの方に当たる確率が高いのかな。▼
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この中からはウィーンの長髪の女性はうまかった。ブダペストの女性は観光説明以外にワインとビールの説明が多かった。▼
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似顔絵の中に、添乗員のUさんも描くことを考えたけど、彼女にはここのアドレスを紹介したのであえてパス。
とても知識が豊富でよく勉強をされている方。次回機会があればもう一度お世話をして頂きたいほどテキパキ仕事のできる方だった。
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by okadatoshi | 2012-09-16 23:59 |   中欧5か国 | Trackback | Comments(2)
ベルリン、チェコ、ブダベストの動画(中欧旅行 追記 01)
画像も50本ほど撮りました。
その中から特に印象に残ったものを紹介します。
動画で再現するとこの10日間が鮮明に蘇ってきます。

ブランデンブルク門▼



ベルリンの壁▼



ペルガモン博物館▼



カレル橋と時計▼



聖イシュトヴァーン大聖堂▼


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by okadatoshi | 2012-09-15 23:59 |   中欧5か国 | Trackback | Comments(2)
機内食は3回(10日目)
ツアーのタイトルは、“充実の10日”とあるが、関空には朝着くので前後の移動を考えると“8泊10日”である。
ヘルシンキ空港はコンパクトだが国際線へのハブ空港として人気がある空港のようだ。
搭乗待合室のベンチにも電源口があり、ほぼどこでもwifiが使える。▼
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久々の国際便だが各井の前にあるビデオもタッチパネルで操作ができるし、表示の3Dっぽく見やすくなっている。▼
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10日ぶりの関西は、30度の猛暑。トイレチップと水が無料で飲める日本は、やはり良い。

ブダペスト 11:05 AY754
ヘルシンキ 14:30 着
ヘルシンキ 16:40 AY077(大阪) 9時間00分
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by okadatoshi | 2012-09-14 23:59 |   中欧5か国 | Trackback | Comments(3)
ブタペストからヘルシンキ空港経由で帰国(9日目)
6組×2のツアーのためにすっかりこの10日間で気心が知れて、少人数のために集合解散時のトラブルもなく最終日。
ツアー中は、ずっと快晴だったが、今日の最高気温は13度。空港までの車窓は雨。▼
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今までの4か国では郵便箱の色は黄色だったがハンガリーでは赤。
空港ではトランク全体を梱包するコーナーがあった。▼
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ユーロ札はすべて使い、ハンガリーのHUFは、ブタベストの空港売店で、ヘルシンキでユーロのコインを集め使い切った。
これは、ヘルシンキ空港で4ユーロで購入した“ムーミン”のストラップ。
レシートを見ると23%の消費税がかかっていることが分かる。
最後に残った各国のコイン。(ユーロ/セント、チェココロナ、フォリント)▼
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by okadatoshi | 2012-09-13 23:59 |   中欧5か国 | Trackback | Comments(3)
マジャール人としての誇り(8日目)
民族の「るつぼ」といわれるヨーロッパの中に於いて、ハンガリーもまた侵略抗争の歴史がある。906年に大モラビア帝国。マジャール人が入りハンガリーを支配下へ置く。13Cにはドイツ人が侵入。15Cには再びハンガリー人が覇権を握る。その後は、ハクスブルグ家との二重国家で繁栄をする。
第二次世界大戦後は、共産圏へと組み込まれた。
ハンガリー人はモンゴル系遊牧騎馬民族で実は日本人とルーツを持つ。今でも出生時の赤ちゃんのお尻に蒙古斑が出る子がいる。最近は、蒙古斑の存在も薄れ若い夫婦が「病気ではないか?」と病院に駆け込むケースもあると聞く。我々のツアーのハンガリー人の青年運転手もこのことを知らなかったと添乗員さんが教えてくれた。
発音も近隣のゲルマン系やラテン系と異なり独立した言語体系とみられている。
名前の呼び方も、日本語と同じく最初に苗字(family name)の後に名前が来る。
フィンランドも言語はウラル系でハンガリーと似ている。この両国はウラル・アジア系の言語だ。
ハンガリー人の国内経済の伸び悩みで優秀な人は外国でしか能力が発揮できず、頭脳流出が続いている。オリンピックでは柔道で金を二つとるなど日本よりも良い成績だが、外国で活躍している人がハンガリーの国籍で出場できることもある。
ブダペストはドナウ川を挟み宮廷のあるブダ地区と商業地のペスト地区に分かれている。
地下鉄3本とトリムが走り交通の便は良い。
通貨は、フォリント(HUF)で約0.4円。インフレが進んでいる国なので、フォリント通貨は使い切って出国をした方が良い。

午前中は市内観光。
ブダ地区の王宮にある“漁夫の砦”。ドナウ河の漁師がこのあたりを守り、魚市場があったから名付けられた。
 1896年、建国1000年を記念して建造された回廊展望台で、中世の城壁の上に建造されている。▼
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建国の英雄像が並ぶ英雄広場。▼
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ブダペスト最大の聖イシュトヴァーン大聖堂。▼
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午後から二つのオプションがあるが、我々だけ自由行動をとり、西洋美術館と街の散策にあてた。
添乗員さんに詳しく地下鉄の乗車券の使い方を教わり、心配だった夕食はクサリ橋で落ち合って一緒にさせて頂き、夜景も鑑賞できて、いい思い出のブダペストの最後の日が過ごせた。

蒸気で走ったイギリスの地下鉄があるが、電気で走ったものとしてはヨーロッパ最古の地下鉄でレトロな車体とホームをそのまま保存して使っている。市内には地下鉄の路線が、M1,M2,M3と3本あり、最初にできたM1は地表近くにあるが、後でできたM2、M3は深く掘られて地下にあり、そこまで移動するエスカレーターは、とてもとても長く核シェルターの代わりになるのではないかと思うほど。
左はレトロなM1路線の車体。吊り手も革製。
右はM2,M3へ降りるロングエスカレータ。▼
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国立西洋美術館は、大人1800HUF(720円)、300HUF出すとデジカメの撮影が許可される。ビュルーゲルやその時代作品がありこれが目当て。
画面に近づきすぎると警告の音と赤ランプがつくが接写をすることができた。▼
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またグレコの“受胎告知”など多くの作品が見られ2時間近く滞在した。
中でも印象深く釘づけになったのが、Franz von Lenbach The Triumphal Ark of Titus in Rome。▼
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by okadatoshi | 2012-09-12 23:59 |   中欧5か国 | Trackback | Comments(4)
ウイーンからブラスチラバへ(7日目)
午前中はハプスブルク家の香り漂う世界遺産ウィーン市内の観光。
マリア・テレジアの愛した淡い黄色の外観が印象的な世界遺産シェーンブルン宮殿。
園内には世界最古の動物園があり、パンダのFufuがいる。
夏の離宮で部屋数は1400以上。その内40室が公開されている。今でも古くからこの中に既得権で住んでいる人がいるという。マリア・テレジアは16人の子供を産み末娘のマリー・アントワネットのことを案じたという。
宮殿の中庭の真ん中から宮殿と反対方向を撮影。▼
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ウィーンのランドマークシュテファン寺院。▼
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オーストリアでは、今年のロンドンオリンピックでメダルがゼロになり、文化庁では週に1回だった体育の時間を2時間に増やすことを提案。ウィーンは人口160万人。その内18%が外国人。多民族国家をポジティブに受け入れようという市長の方針。高校までは学費が無料。大学も年間5万円ほどで交通費などは学生は無料である。

午後から世界で最も近い距離にある首都同士といわれる61km離れたスロバキアの首都ブラスチラバへ。
1993年にチェコとスロバキアは解体し、2009年からユーロ導入国となった。
ドナウ河沿いにたたずむ古城ブラチスラバ城。机をひっくり返したような城と呼ばれる。▼
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市内には、現代彫刻の作品がよく見られる。
これは、この国の訪問者ならほとんど撮影するマンホールから顔を出す消防士。
以前、車につぶされ“勤務中”の標識も立てられた。
右側には同じ格好をしたパフォーマンスの人も。▼
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ブラチスラバから、203km。3時間でブダペストへ。
(19:30)ブダペストのmercure budaホテルへ。2連泊。
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by okadatoshi | 2012-09-11 23:59 |   中欧5か国 | Trackback | Comments(3)
モーツアルトの街(6日目)
ザルツ(塩の)ブルク(城)は地名のごとく塩で財を成したカトリック司教の直轄地であった。このために芸術を奨励した貴族などの王族文化はあまり育たず、この地で生まれたモーツアルトは、より芸術的環境の豊かなウィーンへと移り住む。20世紀に入りこの街は音楽に力を入れ、7~8月のザルツブルク音楽祭はあまりにも有名。
ザルツブルクには80人の日本人がいて、そのうち50人は音楽の勉強に来ている日本人の若者。

映画「サウンドオブミュージック」に登場したミラベルの庭園。▼
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橋の欄干に括り付けた愛の鍵。ウーインの離婚率は50%と現地ガイドさん。
使用したCASIO-H20Gで位置を表示。(画像をクリックすると全て拡大します)
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モーツアルトの生家。4階のフロアで内部は撮影禁止。
モーツアルトが生まれた部屋には、彼の使った財布、バイオリン、指輪、毛髪など円筒の筒状のカプセルに展示されていた。
また、モーツアルトの夭折した息子の作曲譜面なども展示されており、音楽の好きな方には訪れたい場所だろう。▼
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午後から、湖水地方ザルツカンマーグートにて、世界遺産ハルシュタットの散策。▼
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人口が増え墓を掘り起こし遺骨を教会に格納。今も頭蓋骨を彩色した状態で献金を出して見ることができます。
湖の沿った道には土産物屋が並んでいる。
左は、壁に沿って平べったく生育して実を付けている樹木。ここの名産の岩塩。▼
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ハルシュタットから、290km、4時間かけてウィーンへ。
(20:00)ウィーンの kavalinerホテル到着。
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by okadatoshi | 2012-09-10 23:59 |   中欧5か国 | Trackback | Comments(3)
チェコで最も美しい街(5日目)
プラハ から181km、3時間かけてチェスキークルムロフへ。
湾曲した川に取り囲まれたおとぎの国のようだ。▼
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城主が街を通ることなく居城を移動するために作った空中廊下(左)。
細い街並みは中世にタイムスリップしたよう。▼
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街中には、エゴン・シーレ文化センターがあった。▼
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ここから、220km(3時間30分)かけてザルツブルクへ。
(17:00)ザルツブルクのARENA cityホテルに到着。
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by okadatoshi | 2012-09-09 23:59 |   中欧5か国 | Trackback | Comments(4)