カテゴリ:  ネパール( 13 )
ネパール旅行の部屋をやっと完成
 今年の2月に行ったネパールの旅行記は、blog「デジの目」で書きましたが、ホームページ本体の海外の部屋のコーナーは手つかずでした。海外関係の話をする必要があり、気になりながら先延ばしにしていた、「ネパール旅行の部屋」を今日半日かかって作成。表紙は、遊覧飛行で直接見たエレベストです。
 他の海外旅行と同じく、「壁紙サイズの画像」と「全行程の食事」を掲載しました。
私のホームページから→散策を選び、「神々の座 ヒマラヤ・ネパール7日間」をクリックするとサブメニューに飛びます。
 あわせ、イタリア旅行の食事の拡大ができなかったのもなおしました。
画像の拡張子が、jpgと小文字のところを、JPGと大文字になっていたのでした。
パソコン内部では区別しませんが、Webにアップすると、大文字と小文字は区別されます。
初期のころは、細かいチェックをしないでそのままアップをしていたようです。
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by okadatoshi | 2009-11-08 21:50 |   ネパール | Trackback | Comments(0)
今回のネパール旅行でを考えたこと
 同行の方にblogに書くことを伝えたこと、現在親しい友人の追想集の仕事が切迫していること、毎日blogに書くことで日記代わりの役割を果たしていることなどがあり、雑駁で推敲をしないまま2/20~3/3の各日付でカテゴリー「ネパール旅行」をアップしました。今日でネパール関係の書き込みは最後です。
 後ほど時間ができれば、私のホームページの「散策」の部屋に壁紙になりそうな画像や旅行中の食事についてまとめたいと思います。


 ネパールは確かに異国でした。今までの海外旅行ではある程度その国の予備知識があり、入国して目にするものも予測と附合するものがありました。
 ネパールは、VISA査証の必要なつれあいにとっては初めてのアジアです。目にするものから不意打ちを食らい、ツアーの束の間のエトランゼにも十分に異文化の片鱗を感じました。
 安全に保護されたツアーの枠を超えた個人旅行ならさらに濃厚な飾らない現地の人々の生活がストレートに伝わったと思います。
 遠慮がちな眼差しからはすべてを呑み込み自然に回帰するヒンズー教独特の包容性があるように思いました。
 確かにチップの要求やしつこい物売りがありあましたが、過去の海外旅行では事前にくどく注意されたすり強盗の類の危険はこの国では感じませんでした。
 タクシー料金や土産物の価格がすべて交渉次第というのも、需要と供給の論理でそれなりの合理性があります。基本的にこの国人々には諦めにも似た優しさがあります。今なお生活を律しているカースト制の性かも知れません。
 親しまれていた精神的な支柱であた国王もその弟が政変を起こし王位を暴力的に奪ったことで国民は王政を昨年見限り廃止されました。いわば、カースト制度でいえば最上位の王族を否定したわけでこの国も近代化に向けて大きく変わっていく予兆かも知れません。
 インドやネパールなど東南アジアの国に対して強い親近感を持つ人とその表面的な貧困から距離を置く人に分かれるように思います。ヨーロッパ旅行で感じるキリスト教を中心とした文化的な優位さの押しつけとは異なった、アジアの心がネパールにはあるように感じます。
 私の友人やネット仲間にも、ネパールの教育支援にかかわっている人が何人かいます。国際的にも多くの国やNGOが支援に関わっています。
 この国に我々は何ができるのか。
高地が多く主な産業は皆無、主にガソリンなど近代化に伴うエネルギーはインドにたよるしかない経済基盤に貧弱な国です。慢性的な電力不足と不安定な内政の間に急速に近代国家の資本の論理に門戸を開きどのように発展を目指すのか。
 日本ができることは、「自国ので行く先を自分で決めるシステムづくり」の支援などはどうでしょう。単に援助をするだけなら、援助依存国家に埋没し従属国家に落ち込んでしまいます。
 元同僚で長らくラルパテの会に関わった方は、直接ネパールの学校に行き校長の意見を聞き次年度支援がどう活用されか次に何が必要か現地を見て決めるという活動をしています。下の添付スケッチのポインセチアをネパールではラルパテの花といいます。
 また、アジア教育友好協会では、ベトナム・ラオスに100校の学校を作る取組を行っています。ここでは3階建構想というプランを全面に出しています。すなわち「1階は建物の建設、2階は村人の住民参加、3階は日本の学校による交流・支援です。そしてこの学校は①先生・生徒・村人の情熱(Passion)、②村人・NGO・政府の活動(Action)③日本財団やAEFA会員の会費などの資金(Donation)の3つの柱に支えられています。」(AEFAホームページから引用)
 パソコン通信時代に世界の子供結ぶ運動をし現在、カンボジアに滞在中のS氏によれば、現地の学校で取材をしネパールやカンボジアの教師と英語で話していると「日本人はよく学校に見学にくるが、日本語でしか話さない。あなたのように英語でつながろうとする人は少ない」と親しくになるに連れて話されたそうです。そのS氏は現在、カンボジアで現地の言葉を学習中です。
 2/24のblogで触れた佐野由美さんは、現地の小学校に着任した最初の3ヶ月で言葉を覚え子供たちに慕われたといいます。
 こういう形でアジアに触れていく若い人たちがいたことは日本の若者も結構やるなと思います。過剰に便利な与えられることに慣れた社会から、求め学ぶ人々の傍に身を置くことはひいては日本を見直すことにも繋がります。

 旅行中はデジカメ以外にA5版のメモ用紙22枚に感じたことや記録の走り書きメモやラフスケッチをしました。それをもとに今回のblogアップがスムーズにできました。今回は過密な日程でもなく宿舎でぼんやりと考える時間も結構あり時差も3時間15分と昼夜逆転することもなく快適な旅行でした。▼
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by okadatoshi | 2009-03-03 23:59 |   ネパール | Trackback | Comments(0)
ネパール旅行中の画像から生活をかいま見る
 今回デジカメ画像は1300枚ほど撮りました。短い時間でしたがその中から日本人に「異国」の文化を感じさせるショットを集めてみます。

1)生活は質素で住居スペースも一部の裕福な階層を除くと狭く所帯道具も限られています。左は葉っぱでできた使い捨てのお皿です。器用に細い木切れで固定しています。自然にやさしい容器ですね。
2)中央は、定期バスの上です。バスには後部に皆梯子がついており座席がふさがると屋根の上に人々は乗ります。女性は上がってませんでした。
3)日本食レストランのトイレです。1日のうち16時間停電の国です。高級ホテルでは停電になると自家発電に切り替えますが、ナガルコットのホテルは自家発電も限られやはり枕もとにはロウソクとマッチが常備されていました。日本の家も終戦直後は停電がよくあり、ロウソクも各家庭にはありました。▼
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4)2000mの高地にアルナガルコットのホテルでは、夜湯たんぽが支給され暖かく眠れました。湯たんぽといっても氷嚢のようなゴム製の袋に熱湯を入れたものです。
5)郵便ポストです。空港やホテルではポストを見かけましたが、街ではそれらしいものには気づきませんでした。公共のインフラは立ち遅れています。
6)チベット仏教ではタルチョ(祈祷旗)が数多く掲げられています。▼
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7)画像の左は、チベットマオイストのシンボルです。都市部にも高地の農家の壁などにも見られました。毛沢東主義を掲げていますが中国共産党はほとんど関係はないようです。
 旅行中の2月25日はチベット暦の正月にあたります。
結構各種政治団体の運動も活発でした。▼
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 旅行中のデジカメの充電ができるのかどうか、プラグや通電時間が気になったのですが心配はありませんでした。
8)左はカトマンズのエレベストホテル、9)中はナガルコットのザフォード、10)右はポカラのポカラグランデです。いずれもBタイプでした。8)と10)は115vへの切り替えもできるようになっていて日本のものも使えるのもありました。▼
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by okadatoshi | 2009-03-02 23:59 |   ネパール | Trackback | Comments(0)
ネパールの街で見る動物たち
 この国の動物は実にゆったりとしたリズムで人間と共存しています。
ヒンズー教では牛を神の使いとして大切に扱うと聞いたけど確かに激しい往来でもゆっくり歩き、車は牛が端によるのを待っています。
 ポカラ市内でみかけたもの。犬は早朝ハイキングで我々の行く先を案内するように付き添っていました。アヒル、鶏は民家の前の道路を歩いてます。▼
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 犬はまったく無防備に観光客の行き交う寺院や歩道で寝そべっています。羊ものんびり。やがて、神への供物となるであろうに。右端はホテルの庭に巣を作っている“てん”です。 日本の窮屈な服を着せられ糖尿病の心配をしている飼い犬とどちらが幸せな生き方なのかと思いました。人々も傷つけることはしません。▼
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by okadatoshi | 2009-03-01 23:59 |   ネパール | Trackback | Comments(0)
ネパールの子どもたち
 2/20~2/26の7日間ネパールを旅行しその日に行った場所で印象深い画像とスケッチを日付にあわせてアップしましたが、それとは別に旅行中のこどもの画像を紹介します。
 道路のあちこちでこの台で遊んでいます。現地ガイドの方に聞くと「キャリーボール」といってオハジキの要領で相手の丸いプラスチック片を弾き飛ばすもので、一部に賭けることもあるようです。娯楽が少ないのか軒先でゲームをしている人々をほんとによく見かけました。▼
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 道路が子供の遊び場です。特に公園などという設備もあるわけではなく、我々の感覚では遊べる環境ではないと思うのですが、子どもたちはくったくなくいい顔をしています。▼
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 観光客が入り寺院の中に住み込みの子供がいます。僧侶の資格をとるのでしょうか。本を読み勉強をしていました。▼
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 通りすがりやバスか撮ったものです。中には奇抜な格好をして観光客の撮影を誘い「マネー」を要求する“仕事”をする子どもいます。▼
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by okadatoshi | 2009-02-28 23:59 |   ネパール | Trackback | Comments(0)
ネパール・香港の空港事情&尾翼アラカルト
 カトマンズ空港には午後10時の到着したこともあったが採光も鈍く国際空港としての設備はありませんでした。タラップで滑走路に降りると古ぼけたリムジンバスがやってきます。ロビーではポーターを装ってチップを要求する人があちこちにいますが特に規制されているわけもないようです。国内便では、荷物は15kg以内ですが団体の場合は15kg×人数で通れます。巨大な量りで手作業です。免税店などはなくカードも使えません。▼
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 ポカラ空港です。ここでは、さらに設備は狭くトイレも故障。荷物のセンサーなどはありませんから、全て開けられます。発着時間は遅れる方が日常的のようです。右はエレベスト遊覧の飛行機で国内便と同じ大きさです。▼
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 香港は80番まで搭乗口のある巨大なハブ空港です。トランジットの時間が長くそれの応じた店や免税店なども豊富でした。
パソコンがあればフリーのLANストップも充実しています。▼
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 香港空港の長時間の待ち合わせに飛行機の尾翼を撮ってみました。最下段のものはネパールのカトマンズとポカラで撮ったものです。画像をクリックすると大きく表示されます。やはり大きな空港ですね。▼
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by okadatoshi | 2009-02-27 23:59 |   ネパール | Trackback | Comments(0)
香港空港のインターネット事情(7日目)
 2/26最終日。昨晩10時50分にドラゴン航空でカトマンズ空港を発ち、今朝5時15分に香港空港へ。関空行きのキャセイ空港は5時間待ち。
 暇なので、フリーのパソコンコーナー(4台)を見つけ1週間ぶりにmixiにつないでみました。
書き込みをツールバーから日本語に変えようと試みるもアドミニ権限がないと拒否されました。日本語変換サイトで日本語を作成し、コピー(CTRL-C)と貼りつけ(CTRL+V)で書き込みをしました。海外に行く時はurlをメモしていくと便利です。
 カトマンズのホテルではビジネスルームで1日パソコンを使って2000ルピーでした。LAN環境はホテルが提供している感じはしませんでした。ただ、街にはインターネットカフェはポカラでもよくみつけました。今回はつれあいと一緒なので禁パソコンでしたが。▼
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 ほとんどの空港ではフリーのスポットが充実しています。日本国内では法的な規制が厳しくフリーのスポットを使うのはグレーです。海外ではかなり自由です。待合室でノートで接続している日本人学生の画面を見ると次のスポットが有効でした。▼
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 帰国のセキュリティチェックはあっけなく、今回初めてのVISAの必要な国から無事に帰りました。
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by okadatoshi | 2009-02-26 23:59 |   ネパール | Trackback | Comments(2)
ヒマラヤ遊覧とクマリの館(6日目)
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 2/25ネパール最終日。ネパール観光の目玉である空からエレベストを見る日です。
 緊急着陸用の3か所の空港の気象条件ですべてクリアされて実際に飛ぶかどうかが直前に決まります。今回のツアー参加者24名中19名が参加しました。左右の窓際にクジ引きで搭乗です。@23000円。個人参加はもう少し安いようです。数年間にネパールに行った方は100us$とか。外貨獲得のため年々高騰傾向です。2週前のツアーは中止でしたが今回は出発できました。50分のフライトで、エレベストもしっかり見えました。▼
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 午後はカトマンズの旧市内の遺跡群を観光。最初にスワヤンブナー寺院(目玉寺)。鋭い視線は人々に内面を見通すように見えます。ここには神の化身の猿が多くいます。物乞いや物売りも多く濃いアジアの熱気が集中していました。ヒンズーには3000万以上の神々がいるそうです。土産物売りの攻勢も厳しい。▼
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 旧王宮を観光。クマリの館は興味深かったです。昨年王政を廃止した後も、生き神様クマリの選出をネパール政府は決め、あらたに昨年10月に4歳の少女が新しく女神として選ばれました。児童の人権虐待ではないかと裁判が起きましたがネパール最高裁は歴史的な制度・待遇などから虐待には当たらないと判断を下したとWeb情報にはありました。
 暗い部屋でヤギや牛の生首のある部屋に閉じこめても泣かないなど選出条件があります。選出されるとこの館で神として侍女にかしずかれ初潮を迎えるまで役目を果たします。母親は会いにこれますが外界とは遮断され独特の養育が行われます。俗世に戻ると年金も出るようです。 気が向けば観光客の前に3階の窓から顔を出します。撮影厳禁ですが、ちゃんと絵葉書も出ています。女神が出たらお布施を出すしきたりとか。こうして養育費を回収しているのでしょう。▼
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 カトマンズ最後はインド料理を頂きながら民族舞踊を鑑賞。40度の米でできた地酒が飲み放題でしたが沖縄の泡盛とよく似ていました。しかし、旅も終りになるにつれ、ツアー参加者は何人か食事が受け付けられなくなる方が増える傾向に。▼
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by okadatoshi | 2009-02-25 23:59 |   ネパール | Trackback | Comments(3)
古都パタン(5日目)
 海抜2000mの高地にあるナガルコットで宿舎は最上階でした。早朝5時ごろに起きて屋上に出ると満天の星。日本では見られない北斗七星も見られました。朝日も見事です。この時期珍しいといわれるマナスルやヒマラヤ連峰がくっきりと見えました。▼
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 コテージの間をゆっくりと散策し出発。昨日のような子供のトウセンボは今日はありません。昼は、戸隠で修業をしたというヒマラヤソバの手打ちの店。本格的な日本のコメでおにぎりも出て、お茶も日本式に無料でお変わり自由。ほっとした昼食でした。
 午後はパタンの旧市内を観光。
狭い路地には日本の地蔵盆のように寺院や祠があります。▼
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 実は、今回の旅行の一つにパタンの街を歩きたいという希望がありました。前任校の卒業生の佐野由美さんがいましたが彼女は、NGOの派遣事業に参加、ネパール・パタンに滞在。(1998.4~1999.4)福祉小学校で美術指導を行い帰国直前オートバイに便乗中交通事故にあい逝去しました。 残された絵やネパールを活き活きと綴った文を読むと彼女が如何にこの地の人に愛されたかわかります。佐野さんもこのダルバール広場を走り回っていただろうと感慨深い思いでスケッチをしました。▼
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 ネパール全体ではヒンズー教徒が8割、チベット仏教が2割といわれますがパタンでは仏教徒が多いです。この地ではヒンズーも仏教も互いに同化しあっています。次のストーパは3世紀にアショカ王が建立したストーパと伝えられます。▼
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by okadatoshi | 2009-02-24 23:59 |   ネパール | Trackback | Comments(2)
空路カトマンズに戻りナガルコットへ(4日目)
 早朝オプションのチャンドラコットの丘へ。このオプションは事前に日本で申し込み入山にはパスポートの写しと写真が二枚、さらに現地で@US$55が必要でした。実際にはいつものガイドとバスでふもとまで行くだけで特別なことはなく、このような別途費用や写真がなぜ必要なのかよくわからない。道路整備のためか何かの保全目的で外国人の立ち入りを絞るのかと推測はできますが目的のわからない徴収でした。
 正面から見られないマチャプルの尾っぽの部分がきれいに見えました。▼
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 途中で若者が同行する。案内人でもない。チベット難民だと自己紹介。簡単な英語で中国のことを憎むとも。山頂ではチベットのグッズを広げてお土産物売りが目的。誰も買わないので1本1000円という飾りのスプーンをカンパのつもりで購入してあげました。
 下山しあわただしくホテルで朝食をとり定刻通り珍しく出発した飛行機でポカラ空港からカトマンズへ。
 ヒンズー教のお祭りの日で大渋滞。タットラヤン寺院の広場に面したレストランの二階でコンチネンタル料理。スパイスが効く。
  その後、14世紀の彫刻といわれる孔雀の彫刻の飾窓を見学。▼
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 広場でひと際目立つ18世紀初頭に建てられたニャタポラ寺院には、正面下段から順に、戦士、象、獅子、グリフィン、女神の石像が二対置いてあります。それぞれ下の像の10倍の力を上に行くほど持ち、寺院を守護しているといわれます。▼
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 お祭りに賑わう道路では二人の神様が踊っていました。カメラを向けると「ノーフォト」と注意されます。▼
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 ダルバール広場を見て、バスはナガルコットへ。ホテルへの道のところどころに子どもたちはロープや竹で交通を阻み小遣いを要求。お祭りなので子供たちの小遣い稼ぎになるようです。ハローインに似た習慣にようにも見えました。最初は、運転手も小銭を渡してましたが、目に見える範囲で3か所もあったり、そのあまりの多さに後半は運転手さんも切れて強行突破をしてました。数えたら25か所ほどありました。▼
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by okadatoshi | 2009-02-23 23:59 |   ネパール | Trackback | Comments(0)