カテゴリ:人びと( 77 )
熊本城 再建“サムライの英知”
4月14日には、津山城趾と岡山城の周辺を散策し見事な石垣を見てきました。3/28には竹田城趾へも行きましたが、城跡を歩くのは鉄道と並び私の趣味です。▼
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1年前に熊本地震が起きたこともありTVでは関連の番組が組まれていました。
昨晩はNHKスペシャルで、熊本城 再建“サムライの英知”を未来へを視聴。

明治22年の熊本地震で補修した石垣の3割が被害を受けたのに対し400年前の江戸時代に組上げた石垣では1割しか被害を受けなかったと報じられ、当時の武者返しという石垣の組み方が話題になっています。▼
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番組では、城を築いた加藤清正の時代背景を取り上げています。朝鮮出兵路に現地で清正が築いた西生浦倭城(1593年)と熊本築城の間に慶長伏見地震があり地震対策が武者返しと言われる独特の形態になったと番組では推測しています。▼
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番組に最もよく登場して解説をしていた城郭石垣研究者の北垣聡一郎氏は、西生浦倭城の現地調査も行いまた石組みの形態も解析をしていました。▼
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ドローンを飛ばして得た石垣の損壊調査によれば、内部で玉砂利が石垣を押し出し膨らみを見せているヶ所がかなりあり、江戸時代に叡智に学びつつさらに膨らみを押さえる現代科学を駆使したより強固な復旧作業を目指していると締めくくっていました。▼
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再放送は、18日深夜 総合 2017年4月19日(水)午前0時10分~0時59分にあります。

実は昨日の朝にも熊本城の江戸時代の石垣がなぜ堅固であったのかをダイジェストで報じ、TV番組に突然北垣氏が登場しすぐに元同僚の方だと分かりました。現職時代の勤務校で一緒だった方で社会科の教諭でした。当時から橿原考古学研究所にも関係し、石垣修復の現地指導をされていました。

私より3才年上の方ですが、地道な研究成果を生かし続け、今もなお現役で価値ある仕事を継続されておりびっくり。

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by okadatoshi | 2017-04-17 15:03 | 人びと | Trackback | Comments(6)
佐野由美さんの作品展
2015/11/07に引き続き、神戸長田教会内の『Gallery with』へ行ってきました。
今回は、佐野由美さんのネパールでの活動を中心に構成されています。
印刷された用紙の裏に大胆な筆遣いで描かれています。▼
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滞在中のノート。▼
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身の回りの素描。▼
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事故前日、旅の途中で描いた最後のスケッチ。▼
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帰国直前、両親に当てた最後の手紙。▼
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今回は、画家である父親の佐野弘利さんのスケッチブックも自由に手にとって見ることができました。コンテで力強く描かれた作品です。▼


このギャラリーでは、父親と娘の絵が同じ部屋に収納され互いに会話をしているようです。▼
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by okadatoshi | 2017-04-01 19:39 | 人びと | Trackback | Comments(0)
右脳墨書の「心展」
今朝も寒波が続いています。トレーニングジムで過ごし総合運動公園駅へ行くと噴水池の表面が凍っていました。▼
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15/12/08のblogトワイライトな日々を走り続けるHさんご夫婦で触れたHさんのお誘いを受けていた個展を見に行きました。▼
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Hさんご夫婦で発行されている”どこ吹く風”の表題は左手で書かれた書です。
利き腕でない左手で書く右脳墨書は、思うように動かないだけに二度と同じものができない一瞬の妙を紙にのせます。稚拙感とにじみ出る風合いをお楽しみ下さい。PCペイント画はパソコンに内蔵されているソフトを使って描きます。手書きの良さとPCの万能性を合わせたものです。拓本風の書や落款、篆刻もできます。脳を活性化させ、若さを保つ私のライフワークです。(案内文から引用)
味のある文字と俳句とペイント画です。▼
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白い花は、モップの先をカットしてばらし書いたとのこと。▼
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篆刻もペイントで黒い部分を削るように書き反転させたもの。話をしているとコーヒーが出ました。
この場所は重度障碍者の方やご家族を支援するNPOで暖かい雰囲気の空間です。▼
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期間:2017年1月4日~30日 10:00~17:00 
場所:NPOほっとぽっと事務所「あかりや」 板宿駅から徒歩7分
神戸市長田区庄山町2-5-13 Tel/fax 078-766-1356
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by okadatoshi | 2017-01-16 21:43 | 人びと | Trackback | Comments(0)
紙とエンピツ(BL出版)
絵本作家太田大八氏による『紙とエンピツ-私のイラストレーション史』をやっと読み始めました。絵本ジャーナルPeeBooに執筆したものをベースにまとめたものを2009年に刊行されたものです。冊子は豊富な絵画と戦前戦後の世相を綿密に記録されたイラスト絵本史になっています。
太田氏は、ことしの8月2日に死去97歳で死去。

幼い時に見た懐かしい絵ですが作家本人はよく知りませんでした。絵本作家インタビュー 太田大八 が参考になります。
この本を見ると、絵本以外にもイラストや素描の素晴らしさがわかります。

●1975年「かさ」文研出版▼
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●1977年「やまなしもぎ」福音館書店▼
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●1996年タブローの世界「ウラジオストックでのスケッチ」▼
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ページを開くたびに私の阿弥陀くじ人生で選ばなかった先にこんな世界があったかもしれないという気持も少しですが湧いてきます。
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by okadatoshi | 2016-10-12 21:05 | 人びと | Trackback | Comments(2)
数学史講座の講演
毎月の日曜日の2~3回は学習会のスタッフなどがあるのですが、今日は調整して久々に梅田で開催される第264回近畿和算ゼミナールと第109回日本数学史学会の合同講演会に参加しました。
講師:丸山健夫氏(武庫川女子大生活環境学部教授情報学専攻)
演題:筆算をひろめた男-幕末明治を生き抜いた最後の和算家の物語
福田理軒の足跡について冊子化したときの資料を基にした話でした。
丸山氏自身の著作のつながりについても執筆者の話が興味深い。▼
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時流にあわせ何が必要かを把握する才能にも秀でた福田理軒で、ペリー来航直後に黒船を攻撃する砲術指南書を出しています。▼
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彼の作った三角関数表はパソコンで検証するとほぼ100%近い精度とのことでした。▼
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執筆にあたって丸山氏は引用書籍は現物を入手しており、ナイチンゲール自身の執筆原本も国際的古本販売ネットで時間をかけて手に入れたとのこと。
福田理軒を創始者とする順天中高等学校のホームページ順天160年史にも彼の事が触れられています。
14/08/14のblogでも触れた、Chromeでamazonの本が図書館にあるか分かる拡張機能”その本図書館にあります”で検索。近くの新長田図書館でヒットしたので先ほど予約をしました。▼
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会場では”文字盤の歴史”を研究し自費出版文化賞の研究評論部門で「入選」された安藤隆雄氏からも新聞記事を頂きました。ディープな方々の集まりです。▼
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by okadatoshi | 2016-10-02 22:40 | 人びと | Trackback | Comments(2)
因幡万葉歴史館と”福田典高”展
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昨日は午前中に鳥取市内国府町にある万葉歴史館へ入館しました。
65歳以上は、一般300円の入館料が100円です。
万葉集の編纂者として歴史に残る大伴家持は天平宝字2年(758年)因幡守となり、国府で万葉集最後の次の歌を詠みました。
「新しき年の始の初春の 今日降る雪のいや重け吉事(よごと)」
常設館は、当時の様子を原寸大の複製を配置しながら構成されています。
大伴家持の儀式用の衣服で色は家持の最終官位三位の色です。▼
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宇倍野陵墓参考地石部材(岡益の石堂)と梶山古墳石室。▼
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因幡の国大伴家持の食膳。当時は味付けをした煮物はなく、味噌や塩を食卓に置き自分で味付けをしながら食したとあります。五位以上の貴族の食卓。▼
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左は庶民、右は役人の食膳を再現。▼
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館のシンボルタワー「時の塔」。高さ30mの展望室からは史跡国庁跡をとりかこむ面影山・今木山・甑山をはじめ、眼下に広がる平野を一望できます。▼



別室で企画展、『視点 ~福田典高 原画展~』が8/28まで開催中です。
2016/07/23 - 国府町在住の画家、福田典高氏の原画展。
左は16歳当時の絵画部、右は上京し他当時の作品。▼
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デザイナーとして活躍。当時の事件報道の似顔絵を数多く関わる。▼
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東京の喧騒から離れUターン。母校の小学校の廃校跡をアトリエ小学校として再生。来館者の似顔絵を描く。▼
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故郷のスケッチも独特のタッチで描く。▼
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歴史館も企画展もともに素晴らしかったのですが、何せ辺鄙な場所で、作品を見ている間に私たち以外の来館者はありませんでした。もったいない。
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by okadatoshi | 2016-08-21 18:24 | 人びと | Trackback | Comments(4)
障がいのある学生の学び(2)
2016/7/15と同じタイトルです。
現職時代に教えたAさんの事について触れてみます。
Aさんは全盲の生徒で中学まで近くの公立中学に通っていました。住居の近くにある当時私が勤務していた学校を受験し合格しました。
目に障害にある生徒の普通科へ進学は県下では初めてで当時は大々的に新聞にも取り上げられました。▼
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高校3年間、母親は学校から配布される教材を教育情報室ですべて点訳をしました。その間、私とも親しくなり進路のことなど話されました。
Aさんは部活動は数研部に属しBASICの音声ボード機能を使ってプログラムを組んでいました。後期の最終講義(2011/1/13)のblogでAさんの作ったプログラムについて触れています。
「先生、私は得やで。遅いからもう寝なさいとお母さんが言っても布団の中で点字が読めるし」などと言っていました。
英語が得意で大学は神戸市内の公立の英文科と東京の女子大に合格しましたが、東京へ進学。
母親は「東京に進学して良かったです。東京では特別な人間ではなくなった」こちらにいるときは進学するたびに美談として注目されたことの負担があったようです。
母親から送られてきた大学4年次の新聞記事です。▼
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(文中名前はイニシアルにしています)

現地で馬頭琴に挑戦したい

「目が見えないことは、私の一つの個性に過ぎない」。Aさん(22)は視覚障害者であることを特別なこととは考えていない。「人にはそれぞれ個性があるように、私は二十二歳の女子大生で積極的な性格。そして視覚障害も持っているというだけのこと」。
ハ月四日から十週間、モンゴル・アルタイ山脈のふもと、ホブド地方で行われる国際交流・冒険活動に参加する。これは英国に本部を置く冒険団体「オペレーション・ローリー」が毎年世界各地で開いている催しの一つ。今年は企業の協賛を得て、社会的・身体的にハンディを持つ若者一人を招待。神奈川県・丹沢でのキャンプを経て彼女が選ばれた。モンゴルでは、目本人三人を含む世界各国から集まった六十三人の若者とともに、登山や川下りのほか、動植物の生態調査、白内障治療の支援活動などをする。大学で文化人類学を学ぶ四年生。子供のころから、中央アジアの遊牧民など、自然とともに生きる人々の生活に興味を持っていた。「世界中に価値観の異なる、多様な人々がいるということは素晴らしい」と、さまさまな出会いにあこがれている。民族音楽が大好きで、フォルクローレのサークルに入り、サンポーニャといつアンデスの笛を吹く。モンゴルでは冒険参加者にも聞かせるつもりだ。「現地で馬頭琴にも挑戦したい」とも。参加が決まった当初は両親の反対にもあったが、持ち前の強引きで押し切った。「思い立ったらやらないと気が済まない。でも、何でも自分のできる範囲でやれば、おのずと良い結果が出るだろう」と不安は全くない。
「私が冒険に参加することは、他の障害者が内にこもらず外へ出ていく励みになる。健常者に対しても、障害者も同じようにやれるんだといろ証明になる」。言葉ではなく実践で障害者への理解を得ていきたいという。「とはいっても、自分のやりたいようにやっているだけなんですけどね」とうれしそうに笑った。


その後、卒業後就職。入社当時は輸出関係の英文の書類を音声ボードで作成と聞きました。良き理解者を得て結婚。3人の子供に恵まれ今なおキャリアウーマンです。子供は元気に育ち現在上二人が大学生で下が高校生。

数年前にfacebookで私を見つけコンタクト。
多くのサポーターや友人に囲まれ障碍者マラソンでの上位入賞をめざしAさんを支援する伴走ランナーと走っています。facerbookの友達が現在390人! コメントにも絵文字は使いますし誤字変換もほとんどありません。
先週末のランでは、朝砂浜12.5キロを1時間40分、夕方から1キロ6分のペースで2時間走ったと書き込みがありました。

多くの生徒と接しましたが、逆にこちらが教えられた生徒の一人です。
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by okadatoshi | 2016-07-26 19:35 | 人びと | Trackback | Comments(0)
月の区切りにやること(7)
16/05/01と同じタイトルです。
明日から出講するので時間がとれそうになくフライングですが、私のHPの表紙を書き換えました。
前の月で印象に残った風景を絵葉書に描きます。
大佐渡山脈のスタート地点のドンデン山荘の建物が面白く山脈の尾根と同じ画面に描きました。▼
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ラジオ深夜便の5月号のDVDの準備です。HPにも同じスケッチを転用。▼
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記念切手の複数枚あるものを探して母が使っていた棚をあけました。
私の小さい時のアルバム以外に母がまとめた親族のものを開くと、母の高女の時のクラス写真がありました。母はロシア革命のときに生まれましたから、1917年から起算すると存命なら99歳になります。▼
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オバマ大統領の広島スピーチに触発されて、ラジオ深夜便でも戦争の悲惨さ素材にした番組を視聴していました。

朝の連続ドラマで放送されている”とと姉ちゃん”の主人公の時代を生きたことになります。母も親の決めた父と見合いをし、外地で私を生みました。敗戦後引揚げ苦労をしたと思います。
ここに写っている生徒たちはこれから来るであろう厳しい時代を知っていません。写真の中にある物語に心を馳せる時間が最近多くなりました。もっと写真について母に聞いておいたらよかったと今更ながらに思います。
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by okadatoshi | 2016-05-30 20:29 | 人びと | Trackback | Comments(4)
トレーニングジムのbgmはラジオ深夜便(3)
昨日と同じタイトルです。

”平和を願う物語”のアンカー朗読シリーズの残り(2)~(3)をトレーニングジムと帰宅後にすべて聞きました。
”ちいちゃんのかげおくり”は”フランダースの犬”のラストシーンを連想。”馬を洗って”では、最後の母親からの事実が聞かされる箇所が衝撃です。”きけわだつみの声”では無実を訴えながら死刑執行される直前の家族への手記が冷静なだけに心が揺さぶられます。

今回のものも下記のファイル名で保存し視覚障がいの方が個人的に聞けるようにファイル保存をしました。

朗150803平和を願う物語 ちいちゃんのかげおくり・馬を洗って.m4a
朗150809平和を願う物語 南の島の白い花・きけわだつみの声より.m4a
朗150810平和を願う物語 夏の花.m4a

『ちいちゃんのかげおくり』あまんきみこ作/『馬を洗って・・・』加藤多一作/『きけ わだつみのこえ』より/『南の島の白い花』みずかみかずよ 作/『夏の花』原民喜 作

今朝の新聞は昨日のオバマ大統領の広島訪問と17分のメッセージを好意的に伝えています。広々とした原爆慰霊碑の点在する芝生は、原爆投下直前まで片寄せあって生活をしていた市民の家が密集し、それらが一瞬のうちに”生を断たれた”場所です。

グリーンアリーナでは、兵庫県の高校総体バレーボールの試合を今日と明日やっています。70年前この年代の生徒たちは、部活を楽しむこともなく勤労動員に行き、上級学校への進学など望めない時代でした。▼



生徒たちの試合中の声を聞くとかつて38年間を過ごした教育現場と生徒たちとの交流が思い出されます。
その様子を動画に撮り、動画ファイルを編集することなくそのままunitemoviesで繋いだものをyoutubeの限定公開モードでアップしたものです。
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by okadatoshi | 2016-05-28 16:01 | 人びと | Trackback | Comments(8)
トレーニングジムのbgmはラジオ深夜便(2)
5/4と同じタイトルです。やっと、昨年の8月分に入りました。

今日は、8月2日の<アンカー朗読シリーズ(1)で、”平和を願う物語『傷ついた画布の物語』より”①「霜子(中村萬平作)」②「和子の像(太田章作)」③『小川未明童話集』より「のばら」の朗読です。
『傷ついた画布の物語』を執筆した窪島氏については、15/10/19のblog窪島誠一郎氏の生き方で触れています。
今回の深夜便のアンカーの朗読は、無言館に収納されている絵画に関するものです。
うつくしむくらし窪島誠一郎ひとり語り(信濃デッサン館・無言館館主)で触れられいる中村萬平氏(1916~1943)の霜子が描かれて背景と残された子供の両親への思い朗読されています。この裸婦像のモデルの霜子さんは子供を宿しており出産後他界、萬平氏も亡くなります。
霜子、自画像(中村萬平作品)▼
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次に、太田章氏(1921~1944)の出征前に完成させた妹への思いが朗読されます。画家と戦争太田章の場合でも触れられています。
太田氏の作品。▼
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最後は戦争の愚かさをつづった小川未明の童話「野ばら」です。
これらは、切り出して次のタイトルをつけて視覚障がいの方が個人的に楽しめるように保存をしました。

朗150802平和を願う物語 霜子・和子の像・のばら.m4a

ジムの帰り。新緑に花の色が映えています。▼
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by okadatoshi | 2016-05-27 17:46 | 人びと | Trackback | Comments(2)