2017年 06月 26日 ( 1 )
向こう側へ旅立ったW氏(2)
16/07/08と同じタイトルです。
一年前のW氏の通夜の席で久々に母校が同じ2年下の弟のT君と一緒になりました。
やはり同じクラスで親しかったK氏の遺稿集に収めた「K氏からW氏の四国遍路のメールのW氏の部分があれば読みたいね」と彼に話しました。
その後、遺族の手によりメールが保管されていることがわかり弟君と半年間メールのやりとりをしながら「四国遍路往復メール」を完成させました。▼
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冊子編纂メモとして次の文章を末尾に掲載しました。

二〇〇七年にW君が四国遍路に出かけた。
遍路の期間中にW君とK君は、互いを気遣いながら絶えずメールの交換を行っていた。ふたりのやり取りが、このたび生きいきと此処に蘇ったのは、つぎの事情による。

二〇〇八年六月にK君が逝去。
その翌年にK君の追想集「 君はKだった。」を刊行。別冊子として彼の「書簡、メール集」を編纂し友人に送った。その中には、W君から、遍路のとき受信したK君執筆部分が提供され、「四国遍路同行記」として収録された。

二〇一六年七月W君が逝去。
「遍路同行記」のW君の発信文が保存されていれば、より深くふたりの交流の深さがわかると弟のT君に話したら、残された三台の携帯にK君への返信部分が保護機能が掛けられて残されているとの知らせを受けた。
ご子息がデータを書き起こし、メール同行記としてここにまとめた。

過酷な条件下で打ち込み、闘病生活をしているK君とのやりとりは、私たちが過ごした時代の延長線にある会話だと改めて思う。
編集作業の間は、高校時代に戻りワクサンとボータンの二人の会話を側で聞いているような不思議な感覚を感じ続けた。

今と対峙し生を全うしたW君とK君に捧ぐ

今週末に母校の東京支部の総会があり、京阪神支部を代表して参加をします。
その前日に、K君の樹木葬の墓参を予定しています。
W君も亡くなる前までK君の墓参ができないことを心残りにしていました。
兄の意思でもあると、弟君も同行します。

同窓会では時間が限られていますが、京阪神支部のサイトから同窓会紙が読めることや恩師の執筆シリーズの冊子化の話をする予定です。
今日は終日資料作りをしていました。気がつけば、母校のことを後輩達に繋ぐ年代になっています。▼
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by okadatoshi | 2017-06-26 17:53 | セピア色/若い時代 | Trackback | Comments(0)