2017年 04月 17日 ( 1 )
熊本城 再建“サムライの英知”
4月14日には、津山城趾と岡山城の周辺を散策し見事な石垣を見てきました。3/28には竹田城趾へも行きましたが、城跡を歩くのは鉄道と並び私の趣味です。▼
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1年前に熊本地震が起きたこともありTVでは関連の番組が組まれていました。
昨晩はNHKスペシャルで、熊本城 再建“サムライの英知”を未来へを視聴。

明治22年の熊本地震で補修した石垣の3割が被害を受けたのに対し400年前の江戸時代に組上げた石垣では1割しか被害を受けなかったと報じられ、当時の武者返しという石垣の組み方が話題になっています。▼
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番組では、城を築いた加藤清正の時代背景を取り上げています。朝鮮出兵路に現地で清正が築いた西生浦倭城(1593年)と熊本築城の間に慶長伏見地震があり地震対策が武者返しと言われる独特の形態になったと番組では推測しています。▼
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番組に最もよく登場して解説をしていた城郭石垣研究者の北垣聡一郎氏は、西生浦倭城の現地調査も行いまた石組みの形態も解析をしていました。▼
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ドローンを飛ばして得た石垣の損壊調査によれば、内部で玉砂利が石垣を押し出し膨らみを見せているヶ所がかなりあり、江戸時代に叡智に学びつつさらに膨らみを押さえる現代科学を駆使したより強固な復旧作業を目指していると締めくくっていました。▼
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再放送は、18日深夜 総合 2017年4月19日(水)午前0時10分~0時59分にあります。

実は昨日の朝にも熊本城の江戸時代の石垣がなぜ堅固であったのかをダイジェストで報じ、TV番組に突然北垣氏が登場しすぐに元同僚の方だと分かりました。現職時代の勤務校で一緒だった方で社会科の教諭でした。当時から橿原考古学研究所にも関係し、石垣修復の現地指導をされていました。

私より3才年上の方ですが、地道な研究成果を生かし続け、今もなお現役で価値ある仕事を継続されておりびっくり。

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by okadatoshi | 2017-04-17 15:03 | 人びと | Trackback | Comments(4)