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月の区切りにやること(7)
16/05/01と同じタイトルです。
明日から出講するので時間がとれそうになくフライングですが、私のHPの表紙を書き換えました。
前の月で印象に残った風景を絵葉書に描きます。
大佐渡山脈のスタート地点のドンデン山荘の建物が面白く山脈の尾根と同じ画面に描きました。▼
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ラジオ深夜便の5月号のDVDの準備です。HPにも同じスケッチを転用。▼
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記念切手の複数枚あるものを探して母が使っていた棚をあけました。
私の小さい時のアルバム以外に母がまとめた親族のものを開くと、母の高女の時のクラス写真がありました。母はロシア革命のときに生まれましたから、1917年から起算すると存命なら99歳になります。▼
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オバマ大統領の広島スピーチに触発されて、ラジオ深夜便でも戦争の悲惨さ素材にした番組を視聴していました。

朝の連続ドラマで放送されている”とと姉ちゃん”の主人公の時代を生きたことになります。母も親の決めた父と見合いをし、外地で私を生みました。敗戦後引揚げ苦労をしたと思います。
ここに写っている生徒たちはこれから来るであろう厳しい時代を知っていません。写真の中にある物語に心を馳せる時間が最近多くなりました。もっと写真について母に聞いておいたらよかったと今更ながらに思います。
by okadatoshi | 2016-05-30 20:29 | 人びと | Comments(4)
Commented by shinmama at 2016-05-31 09:42 x
1人息子と母親の関係が
「世話をする」から「世話をしてもらう」に代わる日が
いつ来るのか あるいは 来ないのか。(笑)

自信を持って言えることは 息子が私の昔の写真を見つけたら
迷うことなく 即座に ゴミ箱に捨てるということです。
まあ、それでいいんだけど、、、と負け惜しみです。
Commented by okadatoshi at 2016-05-31 12:36
shinmamaさま
昔は写真は家族の記録を残すいわば貴重品でした。
今は、画像があふれかえっていますね。

>迷うことなく 即座に ゴミ箱に捨てるということです。

それは、お父上の審美眼に関して失礼かと。

今回の写真以外に入学当初の全員制服の
学年全員で写した写真もありました。

人数が少ないのでクラス写真でしょうか。
和服も一般的だったようですね。
この中の何人かは私が過ごした小学校や中学校時代の級友の母親も
写っています。
当時は親通しも親しく、地域性も強かったように思います。
Commented by TanMatsui at 2016-05-31 21:55
載せられたこの時代の写真は、実家の書庫に保存している祖父のかなりの冊数のアルバムに載っています。

次回 帰省したときにチェックして、私もブログ アクセサリー アップ用に使えるものがあれば、
コピペして持ち帰りましょう。

面倒になって ここでは ”脳トレ風コメント” 作成を止めました。
Commented by okadatoshi at 2016-05-31 22:25
Hiroさま
写真はその時代を表していますね。
私の幼稚園時代や小学校の入学時代は、衣服も不揃いで制服を揃えるお金もなかった。
丸刈りではなたれで、袖口は鼻をこすってテカっていました。

背景の建物はなんでしょうか。
おそらく毎年この場所で撮影をしていたのではないでしょか。
当時高等女学校に行ける階層は、奉公に出ないで恵まれていたのではと思います。
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